とにも松坂大輔と同じ年に高卒でプロ入りした巨人・安原政俊(左)と阪神・寺田祐也(右)(OP写真通信社)
とにも松坂大輔と同じ年に高卒でプロ入りした巨人・安原政俊(左)と阪神・寺田祐也(右)(OP写真通信社)

 かつて一世を風靡した松坂世代も、藤川球児(阪神)、久保裕也、渡辺直人(いずれも楽天)が今季限りで現役引退。来季も現役を続ける松坂大輔(西武)と和田毅(ソフトバンク)を含めた5人がNPBで40歳を迎えたことになるが、彼らとは対照的に、これまでNPBに在籍した松坂世代94人の中には、若くして引退した選手も少なからず存在する。

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 一番早く引退したのは、1998年の横浜3位・金川直樹。NPB在籍わずか3年だった。

 広島・山陽高の3番ショートだった金川は、俊足、強肩の大型内野手と注目され、3年夏の県大会では、準決勝で甲子園出場の如水館高に2対3と惜敗したが、6試合で23打数9安打3打点、打率3割9分1厘を記録した。

 地元紙・中国新聞は、横浜、日本ハム、近鉄のいずれかに指名されると予想しており、はたして、この年、“マシンガン打線”で日本一になった横浜の3位指名を受けた。

 進学も視野に入れていた金川だったが、「3位は予想外。日本一の球団から高く評価され、名誉に思う」と上位指名に心を動かされ、「目標とする選手」に、西武の松井稼頭央、横浜の先輩・石井琢朗の名を挙げた。

 くしくも、松坂の抽選に敗れた横浜の外れ1位・古木克明(豊田大谷高)とは、投手だった中学時代に対戦し、三振を奪ったことがあった。

 だが、1年目から1軍の試合に出場した古木に対し、金川はイースタンで3年間通算85打数11安打3打点1本塁打、打率1割2分9厘と結果を出せず、1軍出場をはたせぬまま、01年オフに戦力外通告。「多くの人にめぐりあえたことが財産であり、思い出です。悔いがないと言えば嘘になるけど、これからの人生では、悔しさをバネに頑張ります」(同年12月15日付・スポーツニッポン)と、第2の人生へと旅立っていった。この年、松坂は15勝を挙げ、新人から3年連続の最多勝に輝いている。

 もう一人、98年の阪神5位の内野手・寺田祐也(静岡高)も金川同様、1軍未出場のまま同じ01年に戦力外通告を受けたが、その後もプロ復帰を目指し、05年にイタリアのプロチーム、セリエA・フィオレンティーナでショートのレギュラーを務めた。

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久保田龍雄

久保田龍雄

久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

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