タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。
【写真】この冬、小島さんが大ヒットだった 中川政七商店の畳めるバケツと、丸くて白い亀の子たわし
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まだ息子たちが幼かった頃、毎日は片付けに満ち満ちていました。延長保育から自宅まで徒歩20分の道を連れて帰り、就寝までの戦争のような2時間。夫と二人でバケツリレーみたいにお風呂に入れて、白目を剥きながら絵本を読んで寝かしつけ、やっとの思いで子供部屋を後にしてリビングに戻ると目の前に広がるカオスの原野。皿を食洗機に放り込み、食べこぼしだらけのダイニングテーブルとハイチェアと床に敷いたビニールシートを拭き、保育園の汚れ物から食べかすを払い落として洗濯し、おむつを捨て、床を這いずり回ってレゴブロックとミニカーを片付け、保育園のノートを書き、どうせまたすぐ汚して洗うと知りながら大量の乾いた洗濯物を畳んで引き出しにしまい、明日の保育園の支度をして、生協の注文表を記入し、時計を見たらもう1時で、夫婦でぺたりと床に座り、黙ってお茶を飲んだっけ。「明けない夜はない」と言いながら気分はまるで極地の冬で、未来を思っても闇しか見えない。それが9年続いたのでした。9年も!! よくがんばったな、私たち。長男はついに2月から大学生、次男は高校生です。今、彼らが自力でお尻を拭いて歯磨きしてくれるだけで奇跡のように有り難いです。
あの幼児育児の毎日は「人生は片付けては散らかし、片付けては散らかすことの繰り返し。生きるってつまりは、汚すこと」という悟りを得るための修行の日々でした。
一昨年、自宅で倒れて救急搬送され、数日後に私の腕の中で息を引き取った父は、見事なエンディングノートを残していました。祭壇の花の色からBGMの選曲、辞世の句に自撮りの遺影データまであり、写真で生い立ちをまとめたCD-ROMも! おかげで希望通りに見送ってあげられました。最後にちゃんと片付けて行った父は、立派な生き様(ざま)だったなと思います。
小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。『仕事と子育てが大変すぎてリアルに泣いているママたちへ!』(日経BP社)が発売中
※AERA 2020年12月28日-2021年1月4日合併号