「後手を持っている人が藤井さん以外だったら、渡辺さん勝ってると思うんですよ、正直」
解説の広瀬章人はそう語った。トップ棋士でも、藤井の力を信用しない者はすでにいない。
■藤井さんなら仕方ない
「いやあ、勝ちを逃した。ひどいな……」
朝日杯決勝。三浦弘行は終局直後にそううめいた。九段の実力者、三浦もまた、藤井を相手に途中は勝勢。勝率「98%」という局面にまで持ち込んでいた。そこから藤井はまた超絶技巧を尽くして三浦の攻めをしのぎ、大逆転を呼び寄せた。
三浦が勝ちありと判断したのは正しかった。しかしその明快な順は、局後の検討でもなかなか発見されない。ましてや持ち時間を使い切り1手60秒未満で指さなければならない条件では、勝ちが見つからなくても無理からぬこと。ただしその状況を演出したのは、藤井の実力だ。
「藤井さんなんで、しょうがないですね」。三浦は敗戦の弁を、そうしめくくった。
棋士の真価は逆境でこそ示される。昭和の大名人・大山康晴や平成の覇者・羽生善治も、終盤で何度も奇跡のような逆転勝ちを収めてきた。藤井もまた、その王者の系譜を継ぐ。
藤井は全棋士が参加する朝日杯で、参加4回中、3回目の優勝を飾った。まだ高校生の18歳が同一棋戦で3度優勝したという例は過去にない。
そうした記録はもちろん、藤井の実力を端的に示す。しかしそれ以上に今回の準決勝、決勝の内容は、改めて藤井のけたはずれの強さを満天下に示したことになりそうだ。
藤井が名実ともに将棋界の頂点に立つことはもはや既定路線で、時間の問題にすぎない。それを疑う者は、ほとんどいないだろう。(文中敬称略)(将棋ライター・松本博文)
※AERA 2021年2月22日号