準決勝と決勝を奇跡的な大逆転で勝ち、3度目の朝日杯優勝を決めた藤井二冠。それは昭和の大山、平成の羽生に連なる圧倒的な実力を示す内容だった。AERA 2021年2月22日号から。
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その日、渡辺明は藤井聡太に2度負かされた。
2月11日、朝日杯準決勝。「現役最強」と呼ばれ、名人・棋王・王将の三冠を保持する渡辺は、異次元の天才・藤井を相手に、完璧に近い指し回しで勝勢を築いた。中継映像にはコンピューター将棋ソフトの評価値を基にした勝率が示されている。表示は、渡辺「99%」、藤井「1%」となっていた。
■「何それ?」渡辺の驚き
しかし様々な制限のもとに戦う、神ならぬ身の人間同士の勝負では、ときに信じられないようなドラマが起こる。
藤井の玉は絶体絶命かと思われるピンチに立たされた。しかし非勢の藤井は最善を尽くして難解な局面をキープする。強者は最後まで、決して相手に楽をさせない。
藤井玉を追い詰めていたはずの渡辺は、ついにたった一手、ミスをおかした。途端に渡辺の勝率表示は「3%」へと急落する。これが将棋というゲームの恐ろしいところだ。藤井は九死に一生を得た。そして間違えることなく、一気に渡辺玉を詰みに討ち取った。
「負けました」
渡辺は頭を下げ、投了を告げた。直後にあった対局後の検討の中で、藤井は遠慮がちにそっと、渡辺が見逃した藤井玉の詰み筋を示した。
「何それ?」
渡辺は思わずそう声をあげた。それは名人でさえも、すぐには意味が理解できないような妙手順だった。
「将棋は2度負かせ」
という言葉がある。そうなれば最高だ。勝負に勝ち、さらには局後の検討でも才能を示すことによって、将棋は2度勝てる。そのステップを経て、強い棋士はさらに信頼を得て、さらに勝てるようになる。
将棋はもちろん実力が第一だ。その上でメンタルのゲームでもある。対局中の心理が「絶対に負けられない」か「負けても仕方がない」かではずいぶん違う。もし悪手を指してしまっても、相手から「ひどい手だ、弱いな」となめられるか、相手が「この人が指したのなら好手かも」と疑心暗鬼に陥るかで、勝負の行方は違ってくる。