■30年以上前の「過去」は解決済みだったのか?
朝子さん(仮名、60代、主婦)が語ったのは、いわば「はるか昔の大地震の話」でした。
今から30年以上前の、結婚して数年、子どもがまだ小さかったころの夫の不誠実な行動がどうしても許せず、心の中から消えない、という話です。最初にお聞きした時にはあまりの時間の長さにびっくりしましたが、その後同じような話をされるクライアントさんが何人もいらっしゃいました。
朝子さんの話によれば、朝子さんが未就学児二人を抱えて本当に大変だった時に、夫の邦男さん(仮名、60代、会社顧問)は、仕事の飲み会を装って好意を持っていたらしい同僚の女性と一緒に飲みに行ったり、幼稚園の父母参加の行事の日にも仕事だといってその女性とゴルフに行ったりしていた、等々の話でした。性的関係については邦男さんも否定しますし、朝子さんも、それはなかったのではないかと思う、とおっしゃいます。
朝子さんが専業主婦で二人の子どもがいたこともあり、最初は我慢していたそうです。しかし、どうしても我慢できなくなり、お子さんが小学校に入ったころから何度かケンカして、邦男さんは謝罪し、仕事以外ではその女性と会わないと約束して一応は「解決」したのだそうです。その後、子どもの中学受験や邦男さんの転勤など生活上の様々なことに忙殺されて、時折思い出すことはあっても、どうにか頑張って来たのだそうです。
ところが、下の息子さんが就職して家を離れて以降、思い出すことが次第に増えたそうです。それが今では週に何回か不意に思い出し、手が震えたり、いてもたってもいられなくなって、邦男さんにストーカーのようにメールしたり、邦男さんが帰宅するのを待ち構えたように「なんであんなことしたの?」とか「本当は彼女と結婚したかったんじゃないの」とか、はたまた「あの前の日に、私がイライラしていたから、あなたは幼稚園の父母参観をさぼって彼女に会いに行ったの」などと詰問を止められなくなってしまったそうです。
朝子さんも邦男さんも、この状況を、先の(2)の「状況を変えたいし、変えられるはずだと心のどこかで思っているのに、変えられない」と認識されていました。だからこそ「どうしたら変えられるのか」を求めてご相談に来られました。
しかし、私の見立ては違いました。
私は、朝子さんが今直面している感覚としては、朝子さんはこの状況を変えたくないだろうと想像しました。お二人とも30年前の「事件」は、解決済みであることを前提にお話しされていましたが、朝子さんにとっても本当にそうなのか、疑問を感じたのです。
明るくしている人を見ると人は「もう乗り越えたんだ」「問題は解決した」と思いがちです。邦男さんもそう信じて来ました。
しかし、本当は違いました。30年前にケンカした時も、朝子さんは激高しながらも、一方で冷静に避けていたことがありました。「離婚」です。幼子二人を抱えた専業主婦の自分が、子供を育てていくためには、離婚だけは避けなければ、という点だけは常に冷静だったのです。朝子さんが「離婚」と言い出すこともなければ、話がそういう方向に振れないように注意しながらケンカしていたというのです。
なので、子供を育てる責任を全うした今、蓋が外れて、問題が再燃するのはある意味自然なことだったわけです。