■夫を許せるのか。妻の答えは?

朝子さんに聞いてみました。

「お子さんを育てる責任がない今の感覚のまま30年前に戻ったとして、邦男さんを許したら楽になれるのだとしたら許しますか?」

 朝子さんは強く否定しました。

「絶対許しません」

 一呼吸おいて、

「でも、本当は許したいのかもしれません……いろいろあったけど、やはりこの人と一緒にいたいっていう気持ちが捨てられなくて……私ってダメですね……」

 と言って涙ぐまれました。

 逆説的ですが、「絶対許しません」と強く言い放った瞬間に、(1)の「変えなければいけない」いう思い込みが溶けました。これが溶けて初めて、(2)の「状況を変えたい、変えられない」という苦しみに直面することができます。

 もちろん朝子さんは「ダメ」ではありません。ダメなのではなくて、「区切りをつけたいのにつけられない(=変わりたい気持ちと、変わりたくない気持ちが心の中で葛藤している)」ので、それは苦しいことです。

 横でお聞きになっていた邦男さんに感想をお聞きしたところ、

「区切りをつけたいならつければいいのに、なぜそれができないのかが理解できませんし、そもそも、過去のことにこだわるより将来をどう生きるかを考えたほうがいいと思います」

 というようなことをおっしゃいました。

 その感想を朝子さんにお聞きすると、

「この人らしいな、と思います。許せないところもありますが……」

 私が割り込んで、

「許せないんじゃなくて、許したくないんですよね」

 と言うと、笑って言い直されました。

「ムカつくところ、許してないところはたくさんありますが、それでも自分はこの人が好きで一緒にいたいんだな、ということがわかったので、来てよかったです。許さなければ一緒にやっていけないと思っていましたけど、そんなことなくて、許さないことがあっても一緒にやっていくことは可能かもしれない、と思いました。」

 とおっしゃいました。

 自分の気持ちや心のありように、(良かれと)いろいろ言ってくる他人や自分のなかの一部がいます。社会生活を営むうえで、彼らの意見を参考にして自分の振る舞いに気をつけたほうがうまくいきやすいのは事実ですが、一方、周りが「寒くない」といっても、自分が寒いなら、自分にとってはそれが動かせない現実なのです。

                        (文責・西澤寿樹)

※事例は事実をもとに再構成してあります。

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