――今回の改訂では「精神疾患」を明確にし、予防や回復についても教えるわけですね。その理由は?
科目保健では現代的な健康課題をとても大事に扱っていて、学習指導要領は、改訂の度に限られた授業時間数の中で何を教えるべきかを議論しています。前回までは「心の健康は予防を中心に内容を残すのが教育上は重要だろう」という判断でした。
今回、精神疾患が位置づいた大きな理由は、やはり精神疾患が増えているということ。文部科学省が生徒指導施策推進の参考にするために毎年小中高を対象に行っている「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」でも、精神疾患が増えている状況が顕著になってきています。
また今までの学習指導要領でメインになっていた予防というのは、病気にならないようにする「1次予防」を指します。今回の改訂では、国民が健康に過ごすには1次予防では不十分。予防の範疇(はんちゅう)を広げ、病気の早期発見や早期治療といった「2次予防」や、病気を重症化させない「3次予防」についても教える必要があるだろうと、答申されているんですね 。
その結果、無病息災が理想かもしれませんが、一病息災というか、病気を抱えていながらも 生活の質を向上させるためにはどうしたらいいか、ということに対応できる内容になっています。もっと言えば、病気自体を個性と感じて、どう付き合っていけばいいのか考え、答えを見つけていくこともあると言えるでしょう。
――今回の学習指導要領の改訂では、高校の授業のみに「精神疾患の予防と回復」が入ります。なぜ高校だけなのでしょうか。
「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」の自殺の要因には「精神障害」という項目があります。2019年の調査結果では小学生は0%。中学は8.8%。高校は9.5%。中学高校で10%近くが、精神疾患が自殺の原因になっていることが示唆されます。
また、中学と高校で数値がそれほど変わらないことにも注意しなければなりません。これはとても重大なこと。精神疾患が増えてくる、すなわち重要度が増してくる時期は思春期と言われていて、高校からでは遅い。本当は中学から教えなければなりません。
しかし日本では保健の授業数が逆ピラミッド方式で、小学校は24時間、中学は48時間、高校は70時間で上にいくほど増えていく。高校は基礎学力が上がり、比較的、時間に余裕があるから、新たな内容を盛り込めるのです。まずは高校で軌道に乗せること。そしてそれを中学にどうおろしていくかが最も重要であり、課題だと考えています。
このように、自殺の要因以外にもさまざまな調査結果を踏まえて、まず高校で実施すべきではないかという議論になりました。ただ、先ほども申し上げたように、科目保健を教科として教えるのは 小中高と教育を積み重ねることによって、生涯を通じて健康に過ごす能力を身につけるため。今回の取り組みが軌道に乗れば、中学校、小学校へと広げていくことになるのではないでしょうか。
(文・熊谷わこ)