この事件は、実弥には一切の責はない。しかし、これ以降、実弥は弟・玄弥とともに生きることをやめてしまう。実弥は、鬼を滅殺すること、玄弥の周りに鬼を近づけないことだけを目的に、ひとりで戦うことを選択した。

 すべての登場人物の中で、「罪もなく、鬼にされた大切な人」を自らの手で殺害しなくてはならなかったのは、この不死川実弥だけだ。炭治郎は妹・禰豆子(ねずこ)が鬼化しているが、水柱・冨岡義勇(とみおか・ぎゆう)と元水柱・鱗滝(うろこだき)に救われ、殺害には至っていない。炭治郎の親友・我妻善逸(あがつま・ぜんいつ)は兄弟子・獪岳(かいがく)を倒しているが、獪岳は自ら鬼化しており、実弥とは状況が異なる。母を鬼から解放するための「母殺し」――これが実弥の苦しみの始まりになった。

■実弥を導いた「親友」と「親代わり」

 鬼化した母を殺害した後の実弥は、日輪刀すら持たず、独力で鬼と戦い続けた。だが、鬼殺隊隊士・粂野匡近(くめの・まさちか)との出会いが、孤独な実弥に仲間をもたらす。しかし、この親友・粂野すらも、鬼との戦闘の果てに失ってしまう。粂野の遺書には、こんな言葉がつづられていた。

<自分が 生きて その人の傍らにいられなくとも 生きていて欲しい 生き抜いて欲しい><匡近は失った弟と 実弥を重ねていたんだね>(粂野匡近・産屋敷耀哉/19巻・第168話「百世不磨」)

 根っからの長男気質の実弥に対して、最初に「兄」のように接したのは、この粂野だった。のちに音柱・宇髄天元(うずい・てんげん)が実弥のことを気にかけるようになるが、この当時は粂野が実弥の心の支えだった。

 あまりに多くの仲間の命が失われ、実弥はその怒りを、鬼殺隊の長・産屋敷耀哉(うぶやしき・かがや)にぶつける。しかし、耀哉のまなざしに、「親が我が子に向ける 溢れるような慈しみ」を感じ、実弥は耀哉の苦渋の心中を察する。耀哉は、実弥の理想の父親像であり、亡き母のイメージとも重なった。だが実弥は、「親代わり」でもある耀哉のことを、最終決戦の口火を切る戦いで、守り切ることができなかった。

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実弥が「傷だらけ」の理由