風柱の不死川実弥(画像はコミックス「鬼滅の刃」17巻のカバーより)
風柱の不死川実弥(画像はコミックス「鬼滅の刃」17巻のカバーより)

鬼滅の刃』の中で、屈指の実力者である、風柱・不死川実弥。彼は、強靭な肉体、スピードあふれる剣技の才を持ち、多くの鬼を成敗し続けた。しかし、これほど傑出した才能がありながらも、彼はいくつもの特別な「死」に立ち会わねばならず、不死川兄弟のエピソードは常に悲しみに満ちている。心身ともにたくさんの傷を負いながら、それでも実弥は「死」と向き合い続けた。だが、たった1度だけ「死」を前にして実弥は神に祈る。神も仏もない厳しい人生で、彼は何を神に願ったのだろうか。【※ネタバレ注意】以下の内容には、クライマックスの場面に関連する、既刊のコミックスのネタバレが含まれます。

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■風柱・不死川実弥の数奇な運命

「鬼殺隊」の隊士たちは、生身の肉体で「鬼」という強大な敵と戦う。彼らは死を覚悟して遺書をのこし、それぞれの理由で鬼殺にその身をささげる。隊士たちには、つねに「死」の影がつきまとっている。風柱・不死川実弥(しなずがわ・さねみ)は、そんな鬼殺隊の中でも、とくに数奇な運命に翻弄された人物だ。彼の周りに起きた数々の「死」の事件は、実弥の人生に甚大な影響を与えた。

■少年時代の「最初の死」

 最初に実弥が直面した死は、彼の父親だった。父・恭梧(きょうご)はヤクザまがいの言動で迷惑をかけたすえに、誰かに刺殺されてしまった。実弥は7人兄弟の長男。下の5人の弟妹は幼かったため、すぐ下の弟・玄弥(げんや)とともに、母親を助けながら、家族を守ることを誓う。

 しかし、まだ少年だった実弥と玄弥にとって、「乱暴者の父親」の死は、ストレートに「死の悲しみ」と直結するものではなかった。

<親父は刺されて死んじまった あんなのは別にいない方が清々するけど>(不死川実弥/13巻・第115話「柱に」)

 実弥は、家族を支えるのに精いっぱいで、父の死の意味を反すうする余裕はなかった。そして、さらなる悲劇が実弥と玄弥を襲う。

■実弥の「悲劇」と鬼狩りへの道

 ある日、働き者で優しい母が、鬼化する事件が起きた。鬼にされた母は、実弥と玄弥以外の子どもたちを皆殺しにしてしまう。実弥は弟妹を守ろうとし、状況を把握できないままに、母親を鉈(なた)で斬り殺す。差し込める朝日の中、自分が殺害した母の消えゆく遺体を見ても、実弥は涙を流すことさえできなかった。

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植朗子

植朗子

伝承文学研究者。神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。1977年和歌山県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『鬼滅夜話』(扶桑社)、『キャラクターたちの運命論』(平凡社新書)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)など。

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