(c)朝日新聞社
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イラスト/岡本浩之(筆者)
イラスト/岡本浩之(筆者)

 車窓から、青空をバックに気持ちよく泳ぐ鯉のぼりの姿を遠くに眺められる季節になりました。

【イラスト】筆者が描いたかわいいこいのぼりはこちら

 筆者の実家は、倉敷でもやや田舎の方でした。庭には先端に金色の風車がついた、立派な鯉のぼり用の木の柱が立っていて、4月の半ば頃から、黒と赤2匹の鯉と五色の吹き流しが気持ちよさそうに風に吹かれていたのを覚えています。

 ただ、筆者としては、2階の物置部屋にしまってある鯉のぼりを引っ張り出して、その中に入って遊んだ時の、ホコリっぽさと染料が混じった、なんとなく心地いい香りが一番の思い出ですが・・・。

 鯉のぼりは、もともと、江戸時代に武家や裕福な町民の家で、後継ぎとなる男の子の誕生を知らせ、その子が立派に成長し、立身出世することを願って、布に鯉の絵を描いて、幟(のぼり)として掲げたのが始まりとされています。

 黄河の上流にある「登竜門」の激流を登り切った鯉が竜になって天に上るという言い伝えから、どんな困難も乗り越えられるようにとの願いを込めたものと言われています。その後、布に描かれた絵から、鯉の姿をしたものへと変わっていきました。

 元々は、黒い真鯉だけだったものが、明治時代に赤い緋鯉が加えられ、昭和に入って、青や緑、黄色などの小さい鯉も加えられるようになりました。江戸時代に活躍した、歌川広重の浮世絵にも、立派な黒い真鯉の鯉のぼりを描いたものもあります。

 ところで、皆さんは一番大きい真鯉がお父さん、その下の赤い緋鯉がお母さん、と思っていませんか? 筆者もそう思っていました。

 でも、昭和初期に作られた、皆さんもよく知っている童謡「こいのぼり」の歌詞を見てみると、このようになっているんです。

やねより たかい こいのぼり
おおきい まごいは おとうさん
ちいさい ひごいは こどもたち
おもしろそうに およいでる

 そう、お母さんが登場しないんです。

 本当の理由はわかりませんが、そもそも端午の節句が、男の子のお祝いということで、お父さんと子供(男の子)だけだったのでしょうか?

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