一見、小ぎれいで中性的なルックスからは想像もできないほど、魘夢はその内面におぞましい狂気をかかえる。そこが無惨に「生かしておいても面白い」存在だと認められたのだろう。

■魘夢が体現する「悪の魅力」

 どんな鬼たちもひれ伏させる無惨のカリスマ性は、以下の3つの要素に集約される。ひとつめは、死すべき運命に翻弄される人間に、「不老不死」に限りなく近い肉体を与えること。ふたつめは、無惨の絶対的なパワーが、彼に対する「恐怖心」と「畏れ(おそれ)」をかき立てること。そして最後は、人間の心の奥底にある、他者を傷つけたいという「加虐性(サディズム)」と、傷つけれらたい「被虐性(マゾヒズム)」の両方を刺激し、鬼として実行させることだ。

 暴力、苦痛、犠牲、服従、血、そして「美」が、退廃的な「悪」の世界観を構築する。このようなサイコパスな気質は、「上弦の鬼」である童磨や玉壺にも通じるものがあり、いずれも「美」に関するキーワードとともにエピソードが挿入される。

鬼滅の刃・公式ファンブック2』には、魘夢が初めて無惨と遭遇した際に、生きたまま「はらわた」を喰われたにもかかわらず、魘夢が無惨を賛美した話が紹介されており、いかにも悪魔的だ。

■魘夢の特殊能力

 鬼が使う異能の力は「血鬼術」(けっきじゅつ)と呼ばれる。魘夢の血鬼術は、自在に相手に「夢」を見せ、混乱している間に「精神の核」を破壊するというものだ。

<どんなに強い鬼狩りだって関係ない 人間の原動力は 心だ精神だ “精神の核”を破壊すればいいんだよ そうすれば生きる屍だ 殺すのも簡単>(魘夢/7巻・第55話「無限夢列車」)

 この魘夢の分析によると、人間の強さとは「精神の強さ」にほかならない。つまり、この無限列車編での戦闘の勝敗は、「精神力」によって決されるということだ。魘夢は、「夢」の力を使って、鬼殺隊隊士たちの心に揺さぶりをかけようとする。

 魘夢の「夢」には、あらがいがたい魅力がある。鬼にされた妹・禰豆子(ねずこ)を人間に戻すという、確固とした意思を持っている炭治郎ですら、魘夢が見せた「幸せな夢」に心が揺らぎ、「ここに居たいなぁ ずっと」と涙を流す。炭治郎は、なんとか現実世界に帰ることを決意するが、その決断には、胸をえぐるような悲しみと相当の覚悟を必要とした。

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煉獄杏寿郎には通じなかった血鬼術