興行収入400億円が目前となっている『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』。この異例の大ヒットは、炎柱・煉獄杏寿郎の魅力が大きいとされる。しかし、映画中盤部分までの、敵側のメインキャラクターである魘夢の不思議な存在感と“異能”の力も観客をひきつけた。魘夢との戦闘によって浮かび上がるのは、人間の「強さ」と「弱さ」にまつわる普遍性だったからだ。今回は魘夢という「鬼」の不気味な魅力と特性を改めて考察する。【※ネタバレ注意】以下の内容には、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』および既刊のコミックスのネタバレが含まれます。
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■惨殺された「下弦の鬼」たち
『鬼滅の刃』では、鬼の始祖・鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)が、彼の配下でとくに実力があると認めた者を「上弦・下弦の鬼」と呼んでいる。
しかし、主人公・竈門炭治郎(かまど・たんじろう)は、その仲間・我妻善逸(あがつま・ぜんいつ)と嘴平伊之助(はしびら・いのすけ)とともに、那田蜘蛛山で「下弦の鬼」累(るい)たちを撃破した。鬼殺隊「柱」冨岡義勇(とみおか・ぎゆう)・胡蝶しのぶ(こちょう・しのぶ)の援護は要したが、経験の浅い炭治郎たちが「下弦の鬼」を退けたのは、めざましい躍進だった。
この「累・敗北」の報を受けた鬼舞辻無惨の怒りは想像以上にすさまじく、「弱さ」を理由に、下弦の弐(2)・参(3)・肆(4)・陸(6)を惨殺する。アニメ視聴者から「パワハラ会議」とすら呼ばれた、この残酷なシーンは大きなインパクトを残した。だがその中で「下弦の壱」魘夢(えんむ)だけは、唯一、生き延びることに成功する。
■魘夢が無惨に殺害されなかった理由
<私は夢見心地で御座います 貴方様直々に 手を下して戴けること 他の鬼たちの断末魔を聞けて楽しかった 幸せでした 人の不幸や苦しみを見るのが大好きなので 夢に見る程好きなので>(魘夢/6巻・第52話「冷酷無情」)
ほかの「下弦」たちの言葉をことごとく遮り、手を下した無惨が、魘夢の言葉だけは終わりまで耳を貸した。無惨が喜んだのは、魘夢が示す「苦痛への陶酔性」だった。人が不幸になり、悲痛な表情をして苦しむほどに喜びを感じるという、ゆがんだ性格をしている。