良子は芝居が得意な人間という設定だ。石井監督は、尾野さんを想定してこの台本を書き下ろしたと思われるが、尾野さんに「なぜ良子を尾野さんに演じてほしいと思ったかという説明はあったのですか?」と聞くと、「あったと思う! でも、詳しい内容は私の口から言いたくない! 恥ずかしい!」と言って、豪快に「ヒャハハハ」と笑った。照れ屋なのだ。
良子の生き方は愚直なほどにひたむきだが、やはり、大事な人を守りながら尊厳を持って生きるためには、働いてお金を稼ぐことが大切になる。それがどれほど大変かということにもあらためて気付かされる内容だ。ただ、尾野さん自身は、女優になってからお金のために仕事をした記憶はほとんどないという。
「良子は、息子や義理の家族のために必死になってお金を稼いでいます。私が女優をやっているのも、突き詰めれば生活のためですが、『お金をもらうために仕事をしよう』と思ったことはなくて。まだ若かった頃、奈良から東京に出てきたものの、収入が少なくて、食べたいものも我慢して、節約しながら細々と暮らしていたときは、『お金を稼がなきゃなぁ』『バイトしようかなぁ』みたいな考えが頭をかすめたことはあったけれど、いざ、お仕事をいただいて撮影の現場に入ると、お金のことなんか一切忘れてしまうんです。良子とはお金に対する執着は違いますが、ただ私も、当時何のために頑張っていたのかを考えると、『お芝居が好き』という気持ち以外に、親を喜ばせたくてやっていた感はすごくある。そこは、良子との共通点だと思いました」
(菊地陽子 構成/長沢明)
尾野真千子(おの・まちこ)/1981年生まれ。奈良県出身。97年、河瀨直美監督「萌の朱雀」でデビュー。2007年、「殯の森」がカンヌ国際映画祭コンペティション部門グランプリ。NHK連続テレビ小説「カーネーション」(11~12年)、「最高の離婚」(13年)、大河ドラマ「麒麟がくる」(20~21年)、藤井道人監督「ヤクザと家族」(21年)などに出演。瀬々敬久監督の「明日の食卓」は5月28日公開。
>>【後編/尾野真千子、嫌いだった「頑張る」が生きるための合言葉になった理由】へ続く
※週刊朝日 2021年5月7-14日号より抜粋