「現場で死にたくはない」
昨年の春から夏にかけて、コロナ禍での自粛生活を余儀なくされたとき、女優の尾野真千子さんは連日、そんなことを考えていた。“仕事したくない病”にかかったのは、生まれて初めてのことだった。
「突然現れた見えない敵のことが怖くて怖くて……。去年、緊急事態宣言が発令されて、私の仕事は完全な撮影ストップにはならなかったんですが、現場にいるときは集中できても、ふと我に返ると、『やめたいなぁ』『怖いなぁ』って思ってた(苦笑)。自分が罹患するのも嫌だけれど、自分のせいで誰かにうつしてしまうかもしれないことも恐ろしかったんです。いっそ1年ぐらい仕事を休んで、この見えない敵がどこかに消えるのを見届けてから復帰するのが、一番スッキリするんじゃないかと思っていました」
そんな中、一本の企画書が尾野さんを再生させることになった。石井裕也監督が書いた「茜色に焼かれる」。コロナ禍を舞台に、夫を事故で亡くしたシングルマザー・田中良子が、これでもか、これでもかと降りかかる試練に立ち向かいながら、つらい時代を生き抜く物語だ。
「企画書をいただいたとき、『ああ、これはやらなきゃな』と思っちゃったんですよね。かなり詳細にストーリーが描かれていたんですが、石井裕也という人の変態さ加減がモロに出ていた(笑)。その変態な部分が私は大好きで、『こんな激しい作品をやってくれるんだ!』『これはきっと今撮らなきゃいけないものなんだろうな』って、ワクワクしたんです」
映画の中で良子は、コロナ禍で経営していたカフェが破綻し、花屋と夜の店のアルバイトで生活費を稼ぐ。毎月の支出の中には、13歳になる息子と2人の生活以外に、義父の老人ホーム入居費、亡き夫が他の女性との間に作った娘の養育費までが含まれていた。その上、さらなる試練が良子と息子に次々と降りかかる。
「ストーリーを追いながら、彼女がたくましく生きてることに、励まされたような気がしたんです。私だってここで止まっているわけにいかない。“生きなきゃ”って。『自分が納得するものをやっているのなら、現場で死んだっていいじゃないか』と考えるようになった。俳優にとっては、作品は“生きた証し”になりますからね。この作品をやって死んだとしても、恨んで出てくることもないだろうな、と(笑)」