■冨岡義勇の達成された願い
しかし、義勇は心の底では、炭治郎が「人間に戻る」ことを祈っていた。鬼化した炭治郎がわずかに見せた攻撃へのためらいに、義勇は気付き、炭治郎への攻撃を止め、周囲の援護と守備に集中する。仲間たちとともに、義勇は炭治郎を人間へ戻そうと必死であらがう。
やがて、動きを止めた炭治郎に、皆が手を重ね「炭治郎戻って来い 絶対負けるな」と声をかけ続けた。炭治郎の心臓の上には、義勇の片腕がそっと乗せられた。「こっちだ炭治郎」――炭治郎は再び目を開けた。
炭治郎はなぜ生き残ることができたのか。それは、炭治郎と禰豆子がはじめて義勇に会ったあの雪の日、義勇が炭治郎を見捨てなかったからだ。義勇は炭治郎を信じた。炭治郎を救おうとした。竈門兄妹のために命をかけた。義勇のおかげで、強い剣士が「生まれ」、鬼を倒すことができたのだ。
やっと自分の力で、自分の「大切な人」守り切ることができた義勇には、かつての笑顔が戻った。冨岡義勇は「最後の水柱」として、大きな大きな責務をまっとうした。
◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。