■義勇がもたらした鬼殺隊内の混乱
だが、義勇が「鬼の禰豆子」を見逃し、保護したことは、鬼殺隊に混乱をもたらした。蟲柱・胡蝶(こちょう)しのぶが、禰豆子を毒で殺そうとした時に、義勇は炭治郎に「妹を連れて逃げろ」と指示し、それが元となって、義勇対しのぶの争いになっている。その後、他の柱たちも「柱合裁判」で竈門兄妹を断罪し、義勇の隊律違反を厳しく非難した。
それらは仕方のないことだ。鬼殺隊では、すさまじい数の鬼の被害者を出している。そもそも、鬼殺隊隊士たちは、大切な人を鬼に喰われた被害者家族を中心に構成されている。隊士たちは、かたきを討つために、命をかけて日々戦っているのだから、いかに水柱の判断とはいえ、鬼を見逃すことを容易に承諾することはできなかった。
■なぜ義勇は鬼の禰豆子を斬らない?
しかし、仲間からの忠告も非難もすべて受け止めて、それでも義勇は竈門兄妹を守ろうとする。自分を喰おうとする妹を抱きしめる炭治郎を、極限の飢餓状態でも本能的に兄を守ろうとした禰豆子の心を、義勇は信じた。それはなぜか。
義勇は最愛の姉を鬼に奪われた過去があった。姉・蔦子(つたこ)は義勇をかばい、自分だけが鬼に喰われた。姉弟と兄妹、そこに小さな差異こそあれ、義勇は「きょうだいの思い」を痛いほど理解していた。
また、義勇は兄弟弟子の錆兎(さびと)にも、救われたことがあった。錆兎もまた、義勇より先に死んでしまった。
<お前は絶対死ぬんじゃない 姉が命をかけて繋いでくれた命を 託された未来を お前も繋ぐんだ 義勇>(錆兎/15巻・第131話「来訪者」)
これらの悲しみを表面上は封印したかのように見えた義勇だが、心の奥底では蔦子と錆兎の遺志を大切にしていた。守られる側にいた義勇は、今度こそ、誰かの命を「繋ぐことができる」自分になるために、最前線で戦い続ける。竈門兄妹を守ることは、義勇の使命のひとつになった。
<託されたものを 後に繋ぐ もう二度と 目の前で家族や仲間を死なせない 守る 炭治郎は俺が守る>(冨岡義勇/18巻・第154話「懐古強襲」)