


古典落語とJ‐POPが融合してコロナ禍の寄席が注目されている。シンガー・ソングライターの米津玄師(けんし)が新曲のモチーフにしたのは古典落語の「死神」。何が多くの人を引き寄せるのか。落語家の春風亭一之輔さんに「死神」の深~い魅力を解説してもらった。
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米津玄師の「死神」のミュージックビデオ(MV)は、ある男のふらふらとした足取りから始まる。場面は一転、イントロとともに映し出される寄席の高座。現れたのは落語家姿の米津。
鬱屈(うっくつ)した日常に絶望しながら救済を求める心の叫びを落語家姿の米津が歌う。5人の客もすべて米津。そして、冒頭の男(この男を演じるのも米津)がたどり着いたのも、この寄席だった──
この曲のモチーフとなったのは、同名の古典落語、「死神」だ。「死神」は、こんな演目だ。
──失敗続きで自殺しようとした男が、自ら死神と名乗る老人に、まだ死ぬ運命ではないと、声をかけられる。老人は、死神が足元に見えればまだ寿命ではなく、呪文を唱えれば消える。枕元にいれば、死んでしまうという。それを利用することで、男は「名医」と称されるようになる。
あるとき、大金持ちの枕元に死神が見えたものの、報酬に目がくらみ、寝ている主人の頭と足の位置を入れ替え、死神を呪文で消してしまう。その後、男の前に、あの日の死神が現れ、たくさんのろうそくがともる洞窟へと連れてこられる。ろうそくは、それぞれが人の寿命を表している。今にも消えそうな一本のろうそく、これが本来の商家の主人のものだが、男の寿命と入れ替わってしまったのだという。死神から手渡された新しいろうそくに火を移し替えることができれば助かるが、恐怖と焦りから、うまくいかず、最後にこう一言。
「ああ……消える」
言葉を残し演者が倒れ込み、演目は終わる──
米津の「死神」は、6月に発売されオリコンチャート1位を獲得したシングル「Pale Blue」のカップリング曲としてリリースされたもの。曲中に「アジャラカモクレン テケレッツのパー」という独特の語感を持つ“呪文”や、「ああ 火が消える」という歌詞が盛り込まれ、最先端のJ‐POPと古典落語という斬新なコントラスト、歌詞、メロディー、映像、すべて印象的なこの曲をきっかけに、落語の世界に誘われる中高生などの若いファンも増えているという。