50年に及ぶ格闘人生を終え、ようやく手にした「何もしない毎日」に喜んでいたのも束の間、2019年の小脳梗塞に続き、今度はうっ血性心不全の大病を乗り越えてカムバックした天龍源一郎さん。人生の節目の70歳を超えたいま、天龍さんが伝えたいことは? 今回は「憧れの逸品」をテーマに、つれづれに語ってもらいました。
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俺は他人が持っているものをあまりうらやましがる方ではないんだけど、それでもいくつかは「これ、いいなあ」とか「さすがだなあ」と思うことがあった。今回はそんな思い出を振り返ってみようと思う。
まず、最初に思い浮かんだのはアブドーラ・ザ・ブッチャーがつけていた香水だ。相撲からプロレスに転向したばかりのころかな。ある時、ブッチャーがすごく強烈ないい匂いをさせていたから本人に「なんの匂い?」と聞いてみたんだ。そうしたら「アラミスだ」って言うんだよ。ブッチャーから官能的ないい匂いがして、意表をつかれたこともあって、俺も気に入ってね。それから同じ香水を使うようになったんだ。
今でこそ、レスラーが香水をつけるのは当たり前だけど、当時は珍しくて、つけているのはブッチャーくらいじゃなかったかな。彼はエチケットやおしゃれのつもりでつけていたんだと思うんだけど、いつも香水と葉巻がまじった、エキゾチックな香りがしていたね。俺がアラミスをつけるようになったらジャンボ鶴田も気に入ってね、俺とタッグを組むときはいつも「源ちゃん、俺にも」って言って、俺がジャンボに香水を吹きつけてあげていたんだよ。
その香水も、真夏のある試合でいつも通りにつけていたら、タッグを組む馬場さんから「天龍、頼むから真夏にその匂いはやめてくれ! 胸くそ悪いし、吐きそうになる!」とクレームがついた(笑)。馬場さんはずっと我慢していたようだね。確かに、俺が当時住んでいたアパートでも、俺が帰ってくると下の階の人は「天龍が帰って来た」とわかるくらいだったらしい。