結婚してからは女房がアラミスの匂いが嫌いで、もっと控えめな香りにしていたけど、2015年の引退ロードでは一年間、原点回帰の意味も込めて元のアラミスをつけて試合に出場していたんだ。今でも、自分を奮い立たせるときはそのアラミスだ! 女房からは嫌がれるけど(苦笑)。
自動車は人が乗っていて「いいなあ」と思うことより、「さすがだなあ」と思うことが多かった。これも相撲からプロレスに転向したばかりのころだけど、当時、相撲取りで自家用車を持っているのは横綱、大関くらいでね。俺ももちろん持っていなかったが、ジャンボが世田谷の一軒家に住んでシボレー・カマロに乗っているのを見て「ジャンボくらいになると、アメ車のスポーティーな車に乗っているんだな」と感心したことを覚えている。
そのカマロに乗って、ジャンボと二人で銀座に飯を食いに行った帰りに、エンストして立ち往生したことがあったね。ジャンボが1時間くらいかけて必死に車をイジって直してさ。俺はジャンボが必死に直しているのをずーっと見ていんだけど、今思えばさっさと自分だけタクシーで帰ればよかったよ。
車と言えばやっぱり馬場さんだ。馬場さんはいつもキャデラックに乗っていて、ハワイでもオープンカーを所有していた。車から体を出して走っているんだけど、その姿がまるでヨットの帆みたいだった。その体に風が当たるせいかスピードが出なくて「天龍、アメリカはガソリンが悪いからスピードが出ないんだよ!」って怒っていたね。俺は“自分の体に風が当たるからスピードが出ないんじゃないですか”って、口には出さないけど思っていたよ(笑)。
馬場さんはハワイにコンドミニアムも持っていて、俺がアメリカに行く時は、そのコンドミニアムに泊めさせてもらってから、本土に渡ったりもしていた。コンドミニアムも2部屋持っていたんだよ。最初のひとつは俺たちの受け身やブッチャーが流した血で買って、2つ目は三沢(光晴)たちの頑張りで買ったんだと思っている(笑)。