頭がクラッとした。十年ほど前、左眼の黄斑前膜手術を受けたときは五日ほど入院して、へなへなになったことを思い出す。五日でへなへななら、一週間だとよれよれのぼろぼろだ。
「先生、原稿の締切りがありますねん。月に五、六回」H先生はわたしがものかきだと知っている。
「個室に入ってもろて、ノートパソコンで書いたらええやないですか」「それがね、オアシスというソフトを使えるノートパソコンがないんですわ」「この際、買いますか」「どこにも売ってませんねん」「じゃ、口述筆記は」「よめはんに叩かれます」「それは困った」「なんとかしますわ。いったん手書きの原稿にして、メールで送ります」
メールを編集者に送るには仕事部屋のパソコンで原稿にしないといけないが、そこは先生にいわなかった。
家に帰って、よめはんに事情を報告した。
「いいやんか、一週間の夏休み」
よめはんは大人(たいじん)だから動じない。
※この秋から週刊朝日に連載する小説の準備のため、今回で「出たとこ勝負」を中断します。ごめんなさい。黒川拝
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する
※週刊朝日 2021年9月3日号