TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は写真家・篠山紀信氏について。
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1974年、「篠山紀信」が興味を持った出来事を、現場に行って、撮って、載せる。アサヒグラフの連載が始まった。
「マーメイドIIIが帰ってくる」。堀江謙一が日本初の単独無寄港世界一周の快挙を成し遂げようとしている。紀信さんは大阪の飛行場から朝日新聞の小型飛行機に乗った。
「いた!」。窓から身を乗り出した。潮岬沖240キロ。大海原にポツンと小型ヨットが浮かんでいる。頼りない。でも誇らしい。限られた航続距離の中、紀信さんは夢中でシャッターを切った。
「ブレたりボケたりして、顔も見えない。でもそれが面白いと表紙になった」
日大講堂でKO負けを喫した世界チャンピオン輪島功一、青嵐会の集会で両目を閉じている中川一郎と石原慎太郎、退陣する田中角栄、ウォーターゲート事件によるアメリカ大統領ニクソン辞任。欲望と執念、力と意地の突っ張り合い。「74年はいろんなことが起こり、毎号5~6ページ載せた。でもついにネタが尽きた。何もない、どうしよう」と外へ出ると「空が真っ黒。これだ!」。来週から梅雨入りだった。紀信さんは空を撮った。
「北海道苫小牧市勇払(ゆうふつ)原野」の「作品解説」には、開発計画で「買収が進み、人の気配が全くなくなった原野に点在する廃屋は絵のように静止している」とある。「確かに素晴らしく平和で美しいのだが廃屋の中に立っていると胸のどこかが締め付けられる。この家を生活もろとも捨て去って行った人々はどんな思いだったろうか」。澄み切った青空の下の空き家。紀信さんは去った人々の心に寄り添いカメラを構えた。「晴れた日の悲しみ、何故かこの展覧会のタイトルに相応しい」(「作品解説」より)
血眼(ちまなこ)になって撮影した写真を含め、一冊の写真集が出来上がった。「意地悪もされた。アサヒグラフが売れたわけでもない。でも、ライバルであるグラフ誌『太陽』編集長も面白いと言った。それが時代だったんでしょう。写真のメディアもカメラ業界も輝いていた」