わが家のサインは「異臭」だった。野菜などを置いていた玄関と台所の腐敗臭がひどくなった。家の散らかり具合も半端なかった。訪問するたびに掃除に時間をとられるため、ヘルパーは私に「(掃除をサボっているのではと)上司にしかられちゃう」とつぶやいたこともある。同じ場所にモノを戻せず、楽なようにと手が届く範囲に置く。床は食べこぼしであっという間に汚れる。腰が悪い母はかがんで床を拭くのも一苦労。水をこぼしたら転倒リスクになる。弁当容器などのかさばるプラゴミやペットボトル、リハビリパンツなどのゴミが多いから、すぐたまってしまう。

 それでもなかなかゴミとして捨てられないものは、「これ捨てなよ」ではなく「これ素敵ね。私が欲しいから、もらえる?」と言って、手放してもらった。今わが家には実家から持って帰った大量の食器がある。

 介護の入り口で、親と関係を築くのは難しい。支配的な親であればあるほど、子は苦労すると思う。しかも親にされたように子も親を支配しがちだからまた難しい。

■恩恵受けづらい受け身はダメ

「親の介護とは、親を操作するのではなく、親と子どもの新しい人間関係を作ること」(高口さん)

 これまでの親ではない──。それを受け入れるには勇気がいる。

 一緒に暮らしていればなおさらだろう。親が少しずつ老いていき、なんとなく怒りっぽくなったり、食事の量が減ったりしても、それほど気にしないというもの。私も両親との会話のやりとりが不自然になっても、後に診断を受けることになる「認知症状」とは考えが及ばず、これまでと同様の対応をしていた。

 母が脱衣所でリハビリパンツを持ったまま止まっていたことがある。これはアルツハイマー型認知症の「失行」という中核症状だ。その時は何も考えず「何やってんの」ときつく言うと、母の止まった手が動きだした。今振り返ると、認知症の人の対応に大切な「受容と共感」をみじんも感じさせない私の冷酷な対応だったと反省する。できないことを認めるのが苦しかった。そのつどミスを指摘し、尊厳を傷つけた。

暮らしとモノ班 for promotion
台風シーズン目前、水害・地震など天災に備えよう!仮設・簡易トイレのおすすめ14選
次のページ