リオ五輪で金メダルを取った後、プロスイマーの道を選ぶと言われたとき、「プロとして何をやりたいか、水泳で何をやっていきたいか、それを自分で持っていないといけないよ」という話をしていました。

 リオ五輪以降の5年間は水泳の成果が思うように出せない中で、自分が泳ぐことの価値がなかなか見いだせない、それでもプロを選んだ以上、やらざるをえない、そんな葛藤が続いていました。コーチとしては、東京五輪を目指すと言っている以上、最後の最後まで指導を続けることが大事だと考えていました。

 20年に予定通り五輪が開かれていたら、出場できなかったかもしれません。1年延期が決まってから、復調の兆しが見えてきました。東京五輪の200メートル個人メドレーは、1本1本のレースをかみしめるように、ウォーミングアップから集中していました。

 予選、準決勝、決勝と「気持ちと体を解放しろ、思うようにやってこい!」と同じアドバイスをしました。不安な気持ちをなだめ、叱咤(しった)激励しながら、ようやくたどりついた東京五輪でしたが、萩野をレース前に招集所に送っていくときは、本当に楽しかった。「ハム、歩くの速いな」「そうですか?」などと、なごやかな雰囲気で。

 結果は6位でした。それでも「自分の水泳」を見つけた決勝のレースは、彼の長い長い水泳人生のストーリーの答えだったのかな、という気がしています。

(構成/本誌・堀井正明)

平井伯昌(ひらい・のりまさ)/東京五輪競泳日本代表ヘッドコーチ。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる』(小社刊)など著書多数

週刊朝日  2021年9月17日号

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