
万年日本語勉強中のアメリカ人配偶者に、ある日こんな質問をされてしばし考え込んでしまいました。
「Am I ore or boku?」
日本語では男性の一人称は主に「俺」と「僕」の二種類あり、自分を俺と呼ぶ人と僕と呼ぶ人では性格が違うらしいが、自分は俺キャラだろうか、それとも僕キャラだろうか? という問いでした。
英語には基本的にI(アイ)一語しかありませんが、日本語には一人称代名詞がひとりでは使い切れないほどたっぷりあります。わたし、わたくし、自分、当方、拙者、吾輩、某(それがし)、妾(わらわ)……。「俺」と書くのと「オレ」では印象が違いますし、「僕」だって「ぼ」にアクセントを置くのとアクセントなしの「ぼく」ではそれぞれ違う人物のようです。
それだけ多様ななかからどれかひとつ選んで使うわけですから、一人称には話し手のキャラクターが色濃く出ます。特にフィクションの世界では、一人称だけで自己紹介ができてしまうようなところがあります。『クレヨンしんちゃん』の野原しんのすけ、『ドラゴンボール』の孫悟空は自分のことを基本的に「オラ」と呼びますが、たったそれだけで腕白だけど憎めないマイペースな愛されキャラみたいな設定が生まれますし、『HUNTER×HUNTER』のクラピカが普段は「私」、モノローグでは「オレ」と使い分けるのも、彼の二面性というかミステリアスさを際立たせる効果がある気がします。ちなみにこの三作品は英語圏でも人気がありますが、英語ではIとしか表現できないので翻訳者さんは苦労しているだろうなと勝手に同情してしまいます。
一人称の使い分けは、他の作品にもよく見られます。たとえば『Dr. スランプ』で則巻千兵衛はアラレやガッちゃんの前では自分のことを「オレ」や「わし」と呼びますが、アラレが通う学校の校長先生など外の世界の大人には「わたし」を使い、きれいなおねえさんには鼻の下を伸ばしながら「わたくし」と言ったりします。かと思えばアラレの友だちであるあかねの前では、アラレに使うのと同じぞんざいな言葉遣いをしつつも一人称は「わたし」なので、へえ、あかねに対しても一応よそゆきな気分があるんだなあと読者は感じ取るわけです。