春風亭一之輔・落語家
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 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「かけおち」。

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イラスト/もりいくすお

 我が家のお掃除ロボットは、かの有名な『ルンバ』……みたいな、でも『ルンバ』ではない……しかしながら見た目も性能も『ルンバ』によく似たやつ。2年前に弟子たちから引っ越し祝いにもらったものだ。本来自動停止するらしいのだが、いつまで経っても止まることがなく数時間以上かけてワンフロア掃除している。じれったくなって停止ボタンを押すと、なんだか恥ずかしそうに自分のウチに帰っていく。「うちがそんなに汚れてるってことかよ……」とちょっとイラッとしたが、娘のアライグマのぬいぐるみを乗せて掃除をさせてみるとこれがまた可愛らしく、たちまち我が家のムードメーカーとなった。

 だが最近、どうも調子が良くない。「おい、だいじょーぶかー!?」「吸い込みわりーぞー!」「やっぱホンモノの『ルンバ』には敵わないのかー!?」などと、相手が機械なのをいいことにヤイヤイ言っていると、とうとう動かなくなってしまった。どうした? 『ルンバ』みたいなやつ!? 何も言わずにそいつは恨めしそうにジッとしている。もう壊れたのか。しょうがないか、『ルンバ』じゃないし……。

 そのまま私は仕事に出かけ、『ルンバ』っぽい彼のことなどすっかり忘れ帰宅の途に。折しも雨が降ってきた。自宅まであと15メートルの距離……「はっ!?」。何かが我が家の玄関先に佇んでいる。降りしきる雨の中、街灯に照らされ闇の中に浮かび上がったのは……『ルンバ』っぽいアイツだった。上には『ラスカル』っぽいアイツが乗っている!? いつもは家の中で仲良くしているはずの二人が、真夜中に雨に濡れながら外に居る……。なぜ!?

『かけおち』だ。二人は我が家から出ていくつもりなんだ。私のつらい当たりに耐えられなくなった『ルンバ』っぽい彼は、『ラスカル』みたいな彼女にこう持ち掛けたに違いない。「ここからオレと逃げよう」と。「私でいいの?」「オレのことをわかってくれるのは君だけだ。今なら戸締まりがしてないから、さぁ早く!!」……今まさに逃避行せんとする二人を遠くから眺める私。もう少し優しくしてやればよかった。

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