ゆりさんに孤立出産しか選択肢がなかったのは、親に妊娠を打ち明けられなかったためだ。

 幼少期から祖母と母に激しい虐待を受けてきた。学校の教師や近所の人たちは気づかないふりをした。高校卒業後は成績優秀者の奨学金で学費をまかない進学した。入学後に家を出てから仕送りは受けていない。

 恐れたのは、妊娠や出産を知った親に連れ戻され、自分だけではなく赤ちゃんも虐待されることだった。親権の問題も壁となった。未成年女性が未婚で出産する場合、母親の単独親権となるが、母親の父母が代わって親権を持つことになるのだ。

 一人で産み、ゆりかごに子どもを託すと覚悟を決めたゆりさんは出産予定日を計算し、おむつや肌着をはじめ、緻密な備えをした。襲いくる恐怖に眠れない夜を過ごし、毎日泣いた。

 秋のある夜、陣痛が始まり、長い夜が明ける頃、男の子を自室で産んだ。本までの移動では新幹線の乗り換えなどシナリオを立てたはずなのに、いざ預ける段になって手が止まったのは今でも説明がつかないという。

 だが、ゆりかごにつながったことでゆりさんと赤ちゃんの運命は動き出す。

■里親家庭の近くに移住

 ゆりさんは1週間慈恵病院に入院し、貧血と膣の裂傷の治療を受けた。赤ちゃんの無事を見届けた、もうあとは死んでもいいという思いだった。

 ゆりさんの親に赤ちゃんの存在を伏せた状態を保つには、ゆりさんが成人するまで特別養子縁組の手続きを待たなくてはならない。そのため、熊本市児童相談所の措置により慈恵病院の新生児室で保護されていた赤ちゃんは、里親に託された。

 本当は自分で育てたいという思いを、熊本市児相に伝えたのは、赤ちゃんの初めての誕生日のときだ。里親家庭に会いに行ったゆりさんに赤ちゃんはハイハイで近づき、ゆりさんが抱きあげると、わかってるよと言うようにそっと体を添わせた。

「泣かれたら自分で育てるのは諦めようと思っていました。でも、覚えてくれていたので自分で育てようと覚悟できました」

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