そのうち食事を取ることが難しくなり、少しずつ水分を飲むのがやっとという状態に。やがて朦朧(もうろう)とした意識の中で、混乱して何かをぶつぶつ言ったり、起き上がろうと手足を動かしたり、「せん妄」と呼ばれる状態が起こり始めた。「あと2~3日というところでしょう」という在宅医の言葉を機に、遠方からも親戚が集まった。最後は家族みんなが見守る中で、静かに息を引き取った。これまで描いた絵がたくさん飾られ、大好きだった庭がよく見える、日差しが差し込む明るい部屋で、妻や子、孫らに囲まれての最期だった。

 今、「住み慣れた場所で最期を迎えたい」と願う人が増えている。厚生労働省の「平成29年度人生の最終段階における医療に関する意識調査」によると、「もしあなたが末期がんのような病状となった場合、どこで過ごしながら医療・療養を受けたいですか」との問いに対して、「自宅」との回答が全体の47.4%を占め最も多く、「医療機関」とした回答は37.5%にとどまった。約8割の人が病院で死亡する現在だが、自宅で最期を迎えることもできる。コロナ禍のなか、病院では面会が厳しく制限されていることもあり、人生の終末期に入院することの意味を問い直す人が増えているという。

「コロナの広がりから、人々の死生観に大きな変化が出てきている。入院すること=隔離状態となり、死に目が近いのに家族にも会えないという状況が起こっています。そんな中で、最期を過ごす場所として、家という選択肢を考えるのは、ある意味で自然な流れかもしれません」

 神奈川県で在宅医療を推進し、これまで千人を超える最期を看取ってきた千場純医師(三輪医院院長)は、こう分析する。

「死んだ後のことを考えて終活する人は多い一方で、自分の往き方や最期の過ごし方について具体的に考える人はまだまだ少ない。老い先を歩み始めたときに必要なのは、自分らしい最期を迎えるために備えること。満足して死ねる人と、そうでない人の差は、その備え方にあるように思います」

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