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 内親王の結婚問題をめぐり、報道と公益性が問題になっている。だが、皇室が「公」として存在であるのも事実だ。これまでの内親王の結婚報道に対して、宮内庁はどう折り合いをつけてきたのか。

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 内親王の結婚は、2005年に都庁職員である黒田慶樹さんと結ばれた黒田清子さん(紀宮さま)以来の慶事のはずだった。

 実際、2017年に眞子さまと小室圭さんの婚約内定が宮内庁から発表されたとき、世間は祝賀ムード一色だった。

 だが、小室家と母、佳代さんの元婚約者との金銭トラブルが報道されたことで空気は一変した。元婚約者の返済の訴えに対して、小室さんが「贈与」だと主張し続けた姿勢に、世論は反発し、現在の報道合戦へとつながって行った。

 そして今回、宮内庁は10月26日の眞子さまと小室さんの結婚と記者会見を発表した。同時に、小室圭さんとの結婚をめぐり、誹謗(ひぼう)中傷と感じられる出来事が続いたことで、眞子さまが「複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)」の状態であると診断されたことも公表した。

 男性皇族の結婚は、宮内庁が組織をあげてお相手選びを行う。 他方、民間に出てゆく内親王や女王など女性皇族の場合、結婚までの過程は宮内庁でもごく一部の幹部しか把握していない。

 結婚後は、女性皇族本人が民間人になることもあり、デリケートな問題になりがちだ。

 それでも、内親王のお相手に注目が集まるのは、特別なことではなかった。

 実際、「紀宮さまの婚約」もスクープで始まった。東京都渋谷区にあった黒田さんの自宅マンション周辺には報道陣が押し寄せ、警察官も動員された。

「どのメディアも黒田慶樹さんの近影を持っていなかったこともあり、映像や写真を撮るまでは、一歩も引けないという空気だった」(当時の報道関係者)

 緊迫した現場の調整にあたったのが、宮内庁だった。当時の宮内庁次長が水面下で調整役を務め、総務課長が責任者として現場に駆けつけた。

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黒田慶樹さんの時は、宮内庁が現場にかけつけ交渉した