保阪正康著『「檄文」の日本近現代史 二・二六から天皇退位のおことばまで』(朝日新書)※Amazonで本の詳細を見る
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 昭和53年2月、彼は電機会社を辞める。すでに人生の輪郭を知った中年の社員たちが、懸命にとめる。しかしそれをふりきるように辞めていく。彼は、衣食住の代償として毎日8時間から9時間も拘束されつづける仕事が耐えられなくなったのだ。それをだれが辛抱がたりないといって責められよう。

 その後、彼は叔父を頼って東京に出てくる。

 叔父が地下鉄工事に従事していたので、その手伝いをすることになった。1日5500円の仕事。といってもとくべつにむずかしい仕事ではなかった。

 地下鉄工事に従事する労働者は、30代か40代の屈強な者が多い。経験こそが工事を円滑に進める鍵なのである。そのなかにあって、十代のこの少年は、あまりにも弱々しく痛々しい。

 この仕事についてまもなく、2メートルの高さのヤグラからすべり落ちて怪我をしている。事実、1カ月ほど共に働いた労働者は、その痛々しさと仕事の不慣れに同情していたのだ。

 5500円の日給は、彼にとっては高額に映る。

 電機会社の単調さから救われ、そのうえこれだけの金がはいる。しばしば藤沢にある電機会社の寮にも遊びに行ったという。土産を渡し、ときに椀飯ぶるまいをした。それがたとえ少年の見栄であっても、そのこと自体に彼自身が満足感を味わっていたとするならば、それはそれで人生勉強のひとつであっただろう。

 少年の自殺のあと、彼の部屋をのぞいた叔母は、布団とボストンバッグ、そして一台のプレーヤーがあるのを見つけている。4畳半の部屋に、彼の楽しみをあらわすのはプレーヤーだけだ。

 レコードが一枚あった。キャンディーズのLPだったという。キャンディーズは、半年前に「ふつうの女の子に戻りたい」と、解散宣言をし、その素朴さが若者の気持をとらえた。彼女たちのヒット曲「春一番」のなかに、

<もうすぐ春ですねえ>

 という歌詞がある。青春の息吹をたたえる歌詞が散っている歌。三人の女性がハーモニーをとりながらくり返し歌う。

 感情を刺激し、そしてレコードがとまる。

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<もうすぐ春ですねえ>をきいて泣きつづける少年