芸妓引退のあいさつ回りの途中、笑顔で手を振る紗月さん(11月1日)
芸妓引退のあいさつ回りの途中、笑顔で手を振る紗月さん(11月1日)

 2度目は昨年10月。コロナの影響は重く、芸舞妓が宴会で客をもてなし、芸事の成果を披露する場であるお茶屋も、春先から休業や営業の自粛を迫られていた。明治から続く京の春の風物詩、祇園甲部の芸舞妓らによる公演「都(みやこ)をどり」も中止となった(今年も中止)。

 このとき彼女は「(営業)自粛が明けてやっと入ってくる宴会だったり、お仕事だったりのありがたみを、すごく感じるようになりました」としみじみ語った。

 休業期間は自らを見つめ直す時間になったと前向きにとらえ、「やっぱりこの街が好きなんやなって、すごい思います。祇園が好きで、芸妓が好きで」と、「芸妓・紗月」を育んでくれた街への感謝を再び口にしたのだった。

 あれから約1年。何が引退を決意させたのか。

「う~ん、全部をコロナのせいにはしたくはないんですけど、でもやっぱり大きかったなあ」

 宴会で毎日人に会うのが仕事なのに、会えない。白塗りの化粧の上からマスクを着けるなど、接客スタイルも変わった。新たにあつらえた着物や、舞の稽古の成果を披露する場もない。徐々に営業が再開されても、どこか心に「もやもや」があった。

 ちょうどそのころ縁あって、結婚すると決めた。

インタビューに答える芸妓時代紗月さん(2019年2月)
インタビューに答える芸妓時代紗月さん(2019年2月)

 引退の意思を告げると、屋形の女将(お母さん)も喜んでくれた。舞の師匠である京舞井上流の五世家元、人間国宝の井上八千代さん(64)からは「胸を張って、堂々と元芸妓と言えるように。何かあれば手伝ってほしい」と声をかけられたという。

「本当に楽しく舞妓や芸妓をさせてもらって、ただただ感謝しかないです」と紗月さん。

 コロナ禍で始めていた新たな取り組みが、着物販売サイト「京都きもの市場」のユーチューブチャンネルで、京都の伝統工芸の職人らを自ら訪ね、インタビューするシリーズ企画だ。もともと小さなころから着物好きだったことが、この世界に入ったきっかけのひとつ。

 しばらく充電した後は、セカンドキャリアとして、花街や京都の伝統文化の良さを伝えていきたいと思っている。

 長年の支援者のひとりは「宝塚の元トップは、卒業後も宝塚とうまく共存共栄している。次のステージでは、花街や京都文化の魅力を伝え、興味を持ってくれる人を増やす存在になってくれたら」と、今後に期待を寄せている。(本誌・佐藤秀男)

週刊朝日  2021年12月3日号

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