
京都で最大の花街、祇園甲部でこの秋、ひとりの芸妓(げいこ)が引退した。「一見(いちげん)さんお断り」で知られ、伝統やしきたりを大事に守り抜いてきた花街とて、コロナ禍と無縁ではない。
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今月1日、秋晴れの京都・花見小路を歩く着物姿の女性がいた。祇園きっての人気芸妓だった紗月さん(27)だ。
芸妓が円満に花街を去る際は「引き祝い」と呼ばれ、ふだん芸妓や舞妓(まいこ)の着物を着付ける男衆(おとこし)とともに、世話になったお茶屋などに御礼を告げて回る。
「ホッとした気持ちと、ほんまに終わったのかって気持ちとがありますね。ちょっぴりさみしいなあって」
あいさつ回りを終えた後、花見小路の喫茶店で向き合った彼女は、マスク越しにそう話した。

現在、京都には五つの花街がある。そのなかで、祇園町にある祇園甲部の規模がもっとも大きく、100人近い芸妓や舞妓が所属する。紗月さんは祇園甲部で、客から払われる花代が最も多い「売花奨励賞」の1等を、舞妓時代から7年続けてとった。
伝統やしきたりを重んじる花街にあって、SNSを積極的に活用したり、ファンと海外へ撮影ツアーに出かけたり、新しい試みに挑戦してきた。NHKで彼女の1年間に密着した番組も放送され、知名度では京の花街を代表する芸妓のひとりとなった。
その紗月さんが引退すると聞き、にわかに信じがたかった。
筆者は過去に2度、紗月さんにインタビューした。まだコロナがやってくる前の19年2月、当時24歳の彼女は自らを育ててくれた祇園町への感謝を繰り返し述べ、「少なくとも30歳までは全速力で走り続けたい」と語っていた。
花街の魅力とは?とたずねたときは、こんなふうに答えていた。
「中学を出た(ばかりの)女の子が、伝統文化を背負ってる自覚を持ってお座敷に出てること自体、とても独特で魅力的な世界だと思います」
「うちは、舞妓さんをちゃんと見守ってくれる屋形(置屋)さんやお茶屋さん、お料理屋さんがいてっていう、この街の雰囲気が好きどす。人のあったかい部分が見える町やなって」