エッセイスト 小島慶子
エッセイスト 小島慶子
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 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

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 今年の秋分の日は何をしていましたか。お墓参りをした人も、連休を満喫した人もいるでしょう。私は仕事で地方に行っていたのですが、旅先でお寺を訪ねてお彼岸の夕日を見てきました。

 4年前に亡くなった父は、生前から一切宗教色のない葬儀を望んでいました。エンディングノートの指示通り、戒名もつけず、親族だけでシンプルに見送りました。そんな父だから、私が夕日を見ながら「パパは彼岸にいるのかな」などと思うのを見たら、笑うかもしれません。供養なんて線香くさいからやめてくれと言いそうです。きっと今は会いたい人に会い、行きたい場所に行って楽しくやっていることでしょう。

 脳出血で倒れた父は夜中に病状が急変して、看護師が医師を呼びに行っている間に、一人で付き添っていた私の腕の中で息を引き取りました。脈拍が減っていくのを見て、死ぬのが初めての父はさぞ不安であろう、なんとか安心させなくてはと思いました。パパ、死んだことないからびっくりだよね、でも大丈夫だよ、怖くないよ。一人で渡るのは不安だろうけれど、こっちには私が、あっちにはパパの両親がいるからね。あなたの人生はいいものだったよ、ありがとう、大好きだよと、耳元で話しかけ続けました。初めて水たまりを飛ぼうとしている子どもを励ますような気持ちでした。父の死の記憶は、温かで親密な感情に満ちています。悲しみよりも達成感でいっぱい。病院に駆けつけたときに父はすでに意識を失っていましたが、人生最後の12時間で、46年に及ぶ親子関係のいつよりも濃密な時間を与えてくれました。本当に幸せなひとときでした。

 今もふと、父に会いたくなる時があります。きっとその時は父の魂がそばにいるのでしょう。彼岸は己が胸の内にあるものだと、教えてくれているように思います。

亡き人に会いたくなる時は、その人の魂がそばにいるのかもしれない(写真:本人提供)
亡き人に会いたくなる時は、その人の魂がそばにいるのかもしれない(写真:本人提供)

◎小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。寄付サイト「ひとりじゃないよPJ」呼びかけ人。

AERA 2022年10月10-17日合併号

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小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。共著『足をどかしてくれませんか。』が発売中

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