大宮エリーさん(左)と宮田裕章さん(撮影/写真映像部・高橋奈緒)
大宮エリーさん(左)と宮田裕章さん(撮影/写真映像部・高橋奈緒)
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 作家・画家の大宮エリーさんの連載「東大ふたり同窓会」。東大卒を隠して生きてきたという大宮さんが、同窓生と語り合い、東大ってなんぼのもんかと考えます。9人目のゲスト、データサイエンティストの宮田裕章さんとの対談を振り返ります。

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 宮田さんとの対談の場所は慶應義塾大学病院内の宮田さんの研究室だった。レトロな外観の建物で風情があり、宮田さんの部屋は、床はちょっと段が高くなっていて木の舞台のよう。フローリングじゃなくて、舞台。そしてそこにおしゃれなテーブルと椅子。空間は、鏡の壁が迷路みたいになっていて、不思議の国のアリスのような気持ちになった。

 そこにグレーヘアで衣装のような奇抜な格好の宮田さんが出てきたものだから、魔法使い!?と思った。

 気さくな方だった。そもそも共通の知人がたくさんおり、社交的な方なんだなと思っていたが、東大時代、授業に出てもいないのに、教授が書いた本を読んで、議論しに行っていたそうで、なるほど、外へのエネルギーが半端ないと思った。学生時代、ともすると受け身になりがちである。ただぼんやり時が無駄にすぎるのであるが、宮田さんは違った。授業を受けていない学生と議論してみようと教授に思わせる話術とカリスマ性が学生時代からあったのだろう。

 当時すでに、データが世の中を良くしてくれるという発想と信念をもたれていたそうだから、すごい。だって、いま日本は幸せじゃないから。かつて縄文時代や江戸時代にあったような、活気や助け合いや思いやりであふれているとはあまり思えない。経済的にも心理的にも貧困だ。

 でも日本って、私の子どもの頃のイメージでは精神的にも経済的にも豊かだった。どこからこうなっちゃったのだろう。世界が憧れる精神性はどこへ。和をもって貴しとなす。喜びが溢れ、季節を感じ、本当のことがまかりとおった。常に議論があり、曲がったことは市民が怒った、一揆が起きた。人は自然と共生し、循環していた。風通しがよかった。ところが近年どうだろう。政治も何もかも密室だ。

 宮田さんは子どもについてもデータサイエンスの可能性をこう語る。

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