2010年頃、世界中のインターネット界で起こった「オープンソース運動」に台湾から参加していたオードリーは、政府のリバースメンターをしていた頃からオープンソース・コミュニティーについて千人を超える公務員たちに教えてきた。政府のデータをどのように公開すればいいか、公開するとどのようなメリットがあるのかなどを丁寧に教えていくと、成功体験を得た公務員は組織の中で優秀な講師となり、その働き方を広めるようになったという。
■専門家より一人ひとり
オードリーが千人以上のシビックハッカーを率いてわずか3日間で開発したことで日本でも話題になった<マスクマップ(マスクの在庫がリアルタイムで分かる地図)>も、政府機関が医療用マスクの在庫をオープンデータ化していたからこそなし得たことだった。もとは一人のシビックハッカーがボランティアで開発し、それをオードリーが見つけて政府版を作ったという背景がある。そのシビックハッカーは「オードリーが果たした重要な役割は、政府にデータの使い方をコンサルティングしてくれたこと。データ活用の先進性が民間ほど重視されない公務員組織で、複数の部署をまたぎながらスピーディーに物事を進めていかなければならない時、全体のソリューションを練り上げられる人物なんて、そういない」と話している。
今回のコロナ禍で公務員たちの間には「開かれた政府とは、そんなに怖いものじゃない」という実感が生まれ、台湾の「オープンガバメント」はアップデートされることとなった。
オードリーはコロナ禍の防疫対策でもデジタル施策でも、「数人の専門家が解決に当たるより、社会の一人ひとりが素養を持つことが大切」と説いている。皆に素養が備わっているからこそ、新しい技術が出てきた時に、それが助けになるものなのか、害となるものなのかを社会が正しく判断できるからだ。
オードリーは決して皆を引っ張るタイプのリーダーではない。それぞれの持ち場で社会のために奮闘している人々を、デジタル大臣としてイノベーティブな方法でバックアップしたり、他の人々と繋げたりすることによってサポートしている。
こうしてオードリーに支えてもらって成功体験を積んだ一人ひとりが“小さなオードリー・タン”となって、今の台湾社会を育んでいる。
(ノンフィクションライター・近藤弥生子)
※AERA 2022年1月3日号-1月10日合併号