『おおあんごう』(1540円〈税込み〉/講談社)岡山の田舎に住む小学生のぼくは、父親の乱暴な言動に翻弄され、心を痛める日々を送っている。凛とした母親、やさしい祖母、親友との温かな時間とは裏腹に、父親の酒量は増えるばかり。とうとうパトカーが家にやってきて……。時は流れ、お笑い芸人を目指して上京したぼくは、久しぶりに父親と再会する。少年の繊細な心と成長した姿を描く、加賀翔による初めての小説

 作中では少年の心の動きが細やかに綴られる。ただ、コントの台本は文字にしないので、パソコンでポツポツと文字を打つのにも時間がかかった。部屋が狭く机がないため、洗濯機の上にパソコンを置いて立ったまま執筆した。

 本好きになったのは又吉直樹さんの影響だ。16、17歳の頃、何か面白いことがしたくて、気になった人の表情や場面を書きためていた。共感してくれる人はいないかと思っていたとき、テレビの「王様のブランチ」で又吉さんが自由律俳句を紹介していた。

「うわっ、わかるわー。今、世界が変わったんじゃない?という感覚でした」

 以来、又吉さんが紹介した古井由吉『杳子・妻隠』や、西加奈子、中村文則らの小説、穂村弘の短歌などに親しむようになる。最近、小説を書き終えて「杳子」を読み直したら、理解が深まっていた。

「スポーツも自分がやっていた種目を見るのがいちばん面白い。何がすごいかわかるから。小説も1回書いてから読むと、なぜここからこの文章に飛べるのかとか、リズムが急に速くなったとか、わかるから面白くなるんです」

 父親とは長らく疎遠だが、

「父親のおかげで今があるとは思います。僕が芸人をやってることはどこかで知ってると思う。読んだら、泣くんじゃないですかね」(ライター・仲宇佐ゆり)

AERA 2022年1月3日-1月10日合併号

[AERA最新号はこちら]