21歳でシングルマザーになった。行商をしながら子どもを育て、その間に知り合った男性と結婚。ただ、夫は足が不自由で、中村さんが一家を支え続けた。
「リヤカーを引っ張っているうちに腰を悪くしちゃってね。それで靴磨きの仕事を始めたの」
夫を肺がんで早くに失ったが、5人の子どもを育て上げた。いくら常連客がいるとはいえ、月曜から金曜までフルに働く必要はないと思うが、
「仕事帰りに総菜を買って、ご飯だけ炊いて夕食にするの。コンビニの総菜だけど、自分で働いたお金で買うんだから、おいしいのよ。自分が80歳だ、90歳だなんて思ったら駄目。ここに来たら30代の気持ちで働いている。手の動きは20代だよ(笑)」
中村さんはブラシで汚れを落とすと、自らの指に靴墨をつけ、指で墨を塗っていく。記者の靴のかかと部分に傷んだ箇所を見つけると、中村さんは丁寧に靴墨を塗り込み始めた。
「手で塗り込むと、靴が長持ちするんだよ。いい靴だから、長く丁寧にはきなさいね」
磨き終えると、「うん、これで大丈夫!」との発声で締めた。
常連客は「大丈夫!」の声を聞いて、元気よく勝負の場に臨むという。
(本誌・菊地武顕)
※週刊朝日 2022年1月21日号