大半の蚊取り剤に含まれるのはピレスロイドという成分。虫の体内に入ると神経を異常興奮させ、筋肉の過収縮や呼吸困難を引き起こす。人間の場合は虫よりも神経系が複雑なため、異常興奮が起きる前にピレスロイドが分解されて無害になる。
肌に塗るタイプの虫よけも進化している。2015年に国内で承認されたイカリジンという成分は、皮膚や衣類への刺激が従来の成分(ディート)より弱く、子どもへの使用制限がない。においもないため各社が続々と製品化している。ただ、塗った部分にしか効果を発揮しないのはディートと同じ。蚊は塗り残した場所を狙って刺しに来るので、気をつけよう。
蚊の襲来から逃れるには、発生源もたたいておきたい。まずはボウフラが湧く水たまりをなくすことだ。害虫駆除を請け負うアペックス産業の佐々木健(たけし)・研究室部長に、対策のポイントを聞いた。
「庭に放置したじょうろやプランターの受け皿などは代表的な温床です。家の周りの水たまりを一掃しても蚊が減らない場合、道路の側溝に作られた雨水桝(ます)が原因でしょう。私も、自宅前の雨水桝に殺虫剤を入れたら、蚊が出なくなりました」
しかし、努力もむなしく蚊の餌食になることもある。針を刺した蚊は、皮膚内をまさぐって血管を探す。うまく血が吸えないと、別の箇所に移動して再び刺す。刺すたびに麻酔や血を固まりにくくする作用のある唾液(だえき)を注入し、その唾液成分がかゆみを引き起こす。
動物性皮膚疾患に詳しい九段坂病院の谷口裕子医師によると、かゆみが起きるのは、引っかくことで体内に入った異物を排除しようとする防御システムが作動しているからだという。ただ、かきすぎて皮膚を傷つけると、細胞からかゆみの神経を刺激する物質が出て、ますますかゆくなる。
「皮膚を傷めずにかゆみを抑えるには冷やすのが一番です。ちまたで言われている『爪を押し当てて×印をつける』『セロハンテープを貼る』『なめる』といった方法は、どれも間違い。テープははがすときに角質が取れるし、なめるのは『舌なめずり皮膚炎』という疾患があるように、唾液の消化酵素で肌が荒れてしまいます」(谷口医師)
なお、年をとってから蚊に刺されなくなったと感じる高齢者は、刺されないのではなく、免疫ができたことで「刺されても反応しない」状態になったと考えられる。
「かゆみや腫れといった蚊へのアレルギー反応は、刺された直後の『即時型反応』と、数時間後に始まる『遅延型反応』があります。この2種類の反応の出方は、刺された回数によって変化すると言われています。乳幼児期は遅延型のみ、幼児~青年期は両方、青年~壮年期は即時型のみが起き、老年期になると何の反応も起きないことが多い。繰り返し刺されるうちに体が慣れ、過剰な炎症を止める作用が働くのでしょう」(同)
祖父母が「うちの庭に蚊はいない」と思っていても、遊びに来た孫がボコボコ刺される可能性もあるというわけだ。
彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず。まずは蚊の生態や自分の体を知ることから、戦いは始まる。(本誌・大谷百合絵)
※週刊朝日 2022年8月12日号