東郷:同意します。ただ、この戦争を理解するには、歴史的な経緯を追う必要があります。プーチンは首相に就いた1999年、「千年紀の狭間におけるロシア」という論文を発表しています。冷戦後、弱く小さくなったロシアを「強くて豊かなロシアにする」という論文です。そして、プーチンI期(首相職を含む)の12年間でこれを実現し、ロシアを含めたヨーロッパの安全保障の輪郭を明示した。その一つが、NATOの東方拡大反対でした。2012年から始まったプーチンII期で欧米はプーチンの意向を全く認めず、特に2021年にバイデンがアメリカ大統領になって、19年にウクライナ大統領となっていたゼレンスキーと組み合わさり、ロシアを押し込むようになってきた。
ロシアのレッドライン
手嶋:冷戦の終結時には、西側にもNATOの東方拡大に対する配慮がありました。東欧諸国がNATO加盟を求めても、ロシアを不安に陥れない欧州の秩序に配慮を利かせていました。
東郷:97年5月に「NATO・ロシア基本議定書」が結ばれますが、今読み返しても非常によくできています。「ロシアは敵ではない」として、方策をいろいろと示しました。その効果は2004年くらいまで続きます。
しかし、08年にルーマニアのブカレストであったNATO首脳会議の共同声明で、「NATOはグルジア(ジョージア)とウクライナの(将来的な)加盟に同意する」と明示しました。プーチンは烈火のごとく怒り、「両国の加盟はロシアに対する直接の脅威」として、レッドラインがそこにあることを示しました。アメリカにもシカゴ大のミアシャイマー教授のようにNATOの東方拡大に警鐘を鳴らし続けた学者がいます。しかし、バイデン─ゼレンスキーがそれを歯牙にもかけなくなったことで爆発した、というのが今回の戦争のロシア側からの読み解きです。
手嶋:プーチンの侵攻にはまったく正当性はないのですが、“レッドライン”がどこにあるのかは自覚しておくべきです。台湾が独立を宣言すれば、人民解放軍が海峡を渡り、米中戦争に発展するのと同じ構図です。
(次週に続く)(構成/編集部・川口穣)
※AERA 2022年3月28日号より抜粋