ロシア帝国の終焉やソ連の崩壊は、外国の策動によって引き起こされた。今またロシアは、外国の手先によって分裂させられようとしている、というわけだ。
プーチン氏はこのところ、こうした陰謀的な世界観にすっかり取りつかれてしまっている。
開戦後の3月16日にはプーチン氏が語った言葉は象徴的だ。
「ロシアの国民は、クズや裏切り者を真の愛国者と見分けて、口に飛び込んだブヨのように吐き出すことができる」
国内の反政権勢力に対する底知れぬ憎悪。相互監視と密告が奨励される、21世紀とは思えないディストピアをプーチン氏は作りだそうとしているようだ。
こうして見ると、プーチン氏がウクライナ侵攻の理由として主張する「ウクライナ東部のロシア系住民の保護」が口実にすぎないことは、もはや明らかだろう。
ウクライナはロシアと一体の存在であるべきだという独自の歴史観。それを実現できなければ、ロシアは内部の敵によってバラバラにされてしまうという被害妄想と恐怖感。こうしたプーチン氏の思考が、大義も展望も無い侵略戦争の背景となっていることは否定できない。
マクロン仏大統領は今年2月7日にプーチン氏と会談した後「2019年12月の首脳会談で会った人物とは、もはや同じではなかった」と語った。オバマ元米大統領も今月6日に「私が知っているプーチン氏が、現在この問題を起こしているプーチン氏と同一人物であるか分からない」と評した。
だが、プーチン氏は突然これまでとは別人へと変貌したわけではない。病的とも言えるような被害者意識、劣等感、猜疑心は、いじめられることも多かった子供時代や、国家保安委員会(KGB)時代に体験したベルリンの壁やソ連の崩壊をめぐる記憶と結びついているのではないだろうか。
筆者が同僚たちと共にプーチン氏を直接知る人物たちへの取材を積み重ねて書いた『プーチンの実像』(朝日文庫)は、プーチン氏のこうした心理が生まれた秘密に迫っている。
(朝日新聞論説委員、元モスクワ支局長・駒木明義)