9×9の81マスには、膨大な「選択肢」が含まれている。考えて、判断して、振り返る。将棋の基本は、子どもを成長させる。AERA 2022年4月18日号では、将棋が導く「思考力」と「人間力」を特集。 最適な一手を導き出す決断力の大切さとは――。
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パチッ。パチッ。将棋の駒音だけが響く、静かな室内。
3月下旬、「経堂・ちとふなこども将棋教室」(東京都世田谷区)を訪ねた。この日開催されていたのは、大会出場や棋力向上を狙う子どもたちに向けて1on3で個別指導を行う、月1回の少人数レッスン。盤面の前に座る小学生3人に囲まれたプロ棋士の高野秀行六段(49)が、順々に3人を相手にしながら指導対局を行っていた。
新小学5年生の男の子が、次にどう指すか困っていると、高野さんが優しく声をかけた。
「振り返りをしてみようか?」
男の子が不利になった場面にまで盤面上の駒を戻し、高野さんは戦局を立て直すために再チャレンジを促した。
「最初、矢倉(守りを固める自陣の王将の囲い方の一つ)をよく組めていたよね。その後、先生の『歩』で『金』を取られちゃいました。じゃあ、ここを立て直すにはどうしたらいい? 考えてみよう」
高野さんはそう言い残して、別の生徒の方へ移った。そこから男の子は、深い集中モードに入っていく。男の子は自分でベストだと思う手を見つけるまでに、2分ほど熟考していた。
パチリ。男の子が指し手を進めると、高野さんが戻ってきて「いい手だね。その調子」と褒めた。男の子は安堵の表情を浮かべた。
コロナ前はパンク寸前
世は、藤井聡太ブームである。
こども将棋教室を主宰して14年目になる高野さんのところにも入会を希望する子どもたちが殺到し、新型コロナウイルス感染症が流行する前は、一時期教室が「パンク寸前」の状態になったこともあったという。
この日、レッスンを受けていたもう一人の生徒で、川崎市に住む新小3の青木淳平くんは、藤井聡太の連勝記録をテレビで見てから5歳の時にルールを覚えた。高野さんの教室に通い始めたのは1年前。地域の子ども大会で高学年の出場者を破り、優勝した経験もあるという。