前にも話したが、このお披露目の後、化粧まわしや締め込み、紋付き袴など一式を二所ノ関部屋で作ってもらって、代金の200万円を後援会が払ってくれるということになっていたんだが、場所が始まって、中日になっても10日目が過ぎても金が振り込まれない……。毎日のように女将さんから「振り込みがまだなのよ」と言われ、俺も気が気じゃなくて「200万円か……。これは退職金を前借するしかないか……」と思いながら相撲を取っていたよ。13日目にようやく振り込みがあってホッとしたんだけど、その場所は200万円の算段をしながら相撲を取っていたもんだから6勝9敗で負け越してしまった。スタイルもそれまでの押し相撲だったのが、この場所から弱気になってはたき込みが多くなってしまった。俺の相撲を変えた出来事だったね(笑)。
俺の今の楽しみのひとつに競馬がある。これは俺じゃない、ほかの力士の話なんだが、ある場所で負けた力士が支度部屋の足洗い場で「やったー!」と喜んでいることがあった。負けたのになぜ喜んでいるんだろうと思ったら、支度部屋にテレビでG1レースを中継をしていて、その力士がそのレースの馬券を当てて喜んでいたようなんだ。それを見た横綱の大鵬さんが「相撲に負けたのにみっともないことをするな!」とめちゃくちゃ怒って戒めたんだ。下っ端の力士なんか放っておけばいいのに、大鵬さんは厳しい人だったからそういうのが許せなかったんだね。まあ、競馬好きとしては喜んだ力士の気持ちはよく分かる(笑)。
最後になるが、今の俺にとって一番喜ばしいことは、娘夫婦が同居してくれていることだね。俺も女房も老後で、いろいろ不自由が出てきたところで、娘だけじゃなくて、婿さんもなにくれとなく気をかけて手伝ってくれるからね。本当にありがたいよ。ただ、それに甘えて最近家ではカウチに座ってすっかり動かなくなってしまった。まるでキクラゲのようだよ。女房からは「あんた、脳梗塞をやってるんだから、しっかり水分とりなさい!」といつも言われているが、乾燥キクラゲになるのか心配なのかね? これから暖かくなるから、みなさんも水分をしっかりとりましょう!
(構成・高橋ダイスケ)
天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす。