■画像処理による術前シミュレーション

 実をいうと、外科の領域では手術の手技だけでなく、手術に関係するさまざまな分野での進化も著しい。その一つが術前のシミュレーションであり、ナビゲーション手術だろう。

 多くの情報をのみ込み解析する、AIの得意分野の一つが画像処理だ。実際、術前に撮影したCTのスライス画像を何枚も重ねることで構築された3D画像を、術前シミュレーションに生かしている医療機関は少なくない。また、こうした3Dシミュレーションは手術の支援となるだけでなく、患者やその家族に手術を説明するツールとして利用されたり、医学生や研修医の学習ツールとして役立てられたりしている。

 そして、ナビゲーション技術だ。

 ナビゲーションといえば、車に取り付けられているカーナビゲーションシステム(カーナビ)を思い浮かべる人も多いだろう。GPSを用いて車の位置をマッピングし、目的地まで最短でたどり着くルートを教えてくれる。渋滞や交通規制があれば別ルートも提示してくれるので、われわれはドライブ中に地図を読む必要がなくなった。

 現在、脳外科や整形外科などで実施されているナビゲーション手術は、手術室に設置された赤外線センサーによって、手術器具を事前に撮影したCTやMRI画像にマッピングさせて、器具が今どこを向き、どこに向かって進んでいるのかを、3次元的に表す。この技術により安全で確実に手術を行うことが可能になった。

ヘッドマウントディスプレーを装着し、遠隔地にいる医師や医学生とやりとりをする三吉医師(本人提供)
ヘッドマウントディスプレーを装着し、遠隔地にいる医師や医学生とやりとりをする三吉医師(本人提供)

 そして、三吉医師らが今まさに始めようとしているのは、AI技術を用いた“新しいナビゲーション手術”だ。

「腹腔鏡下手術中に映し出された画像の隣に、“最も安全に組織を剥離でき、病巣部に到達できるエリア”を示した画像を映し出し、それを見ながら手術を行うというものです。安全なエリアは、事前に撮影した患者さんのCTやMRIの画像からAIが解析し、また当院で治療が行われた患者さんの手術データや解剖の教科書なども参考にしています」

 と、三吉医師。考えてみれば、同じ「消化器がん」でも、患者によってできた場所や大きさ、深さが違う。また、太っている、やせているなどの体格や年齢、性別でも内臓の位置が微妙に異なる。近々、臨床試験を始めるというこの新たなナビゲーション手術が実用化されれば、一人ひとりの患者にとって、より最適で安全な、まさに“過不足ない手術”が可能になる。

「AIの強みは、なんといっても“予測”できるところ。手術でいえば、過去の同疾患の手術データや、患者さんの検査データを事前に解析することで、ここから先を剥離すると、血管や健康な臓器を傷つける可能性がある、といったことをわれわれに教えてくれます」

「AI医療」というと何となく冷たい感じもする。しかし外科医にとってみたら、事前に提供された情報をもとに、手術を受ける患者のリスクを先にキャッチして危険を知らせるという“患者に寄り添うためのツール”という見方もできる。

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AIの活用は外科医にとってもメリット