「日本の学校でもよく、“相手の立場に立って考えましょう”と教えられましたが、演劇って、放っておいてもそれができるじゃないですか。誰にとっても人生は、違う人と共存していくことだし、その違う人になってその人を演じるというのは、想像力を鍛えるのに、ものすごく有効だと思うんです。『自分はこういう視点で世の中を見ているけど、この人から見える世界は全然違うんだな』とか、それをわかるだけでも、人に対して寛容になれるんじゃないのかな」
「心理学が大好き!」と語る筒井さんが、最新出演映画「N号棟」で演じるのは、死恐怖症(タナトフォビア)を抱える女子大生が足を踏み入れる廃団地の住人だ。「考察型恐怖体験ホラー」と銘打ったこの映画は、実際に起きた幽霊団地事件をもとに作られた。
「監督の死生観が投影された、哲学的な味わいのある映画です。私が演じる加奈子は、主人公の史織と同じく死恐怖症で、死を恐れるあまり、死後の世界に取り憑かれている。物語の最後で、ある行動に出るのですが、そのときのみなさんの芝居が、何かに取り憑かれているようで(笑)。私自身も、不思議な清々しさを感じていました」
筒井さんが心理学の先生から聞いたところによれば、現代人がホラー映画を好む理由は、原始の感情を取り戻すためでもあるのだそうだ。
「昔々人間が洞穴に住んでいたころは、いつ熊などの外敵に襲われるかもしれない恐怖にさらされていたわけじゃないですか。現代人は、基本、安全な場所で生きているけれど、どこかでその恐怖にさらされていた時代を思い出したいという本能がある。だから人はホラーを観たいと思うのだという説があるそうです」
そう言ってニッコリ笑う筒井さんは年齢不詳で、どこからきて、どこへ行くのかもわからない。不思議な妖しさがある。
「そう言っていただけるのは嬉しいですが、自分でも、年のことを全く考えたことがないから、幾つになっても貫禄がつかないんです(笑)。若い頃は、今よりも『こんな役がやりたい』とか『もっとこうなりたい』みたいなことも考えましたけど、結局は、面白いことを面白がってやっていけることがいちばん。そんな中、ごくまれに、脳みそがメリメリと音を立てる感覚があって、それが最高の快楽。私はその中毒なのかもしれないですね(笑)」
(菊地陽子、構成/長沢明)
筒井真理子(つつい・まりこ)/山梨県出身。1982年、早稲田大学在学中に、劇団「第三舞台」で初舞台。第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門の審査員賞を受賞した「淵に立つ」(2016年)で、毎日映画コンクール、高崎映画祭、ヨコハマ映画祭の主演女優賞三冠。「よこがお」(19年)で、令和元年度芸術選奨映画部門文部科学大臣賞ほか、多くの賞を受賞。Netflixで配信中の「ヒヤマケンタロウの妊娠」に出演。
※週刊朝日 2022年5月6・13日合併号より抜粋