かくして三度の面接を経て、現職に転身。店舗からオフィスでの仕事、小売業用語からIT用語、店舗運営から採用計画策定と、環境や仕事を取り巻く状況は大きく変化した。日々、店舗で顧客と直接対峙するアパレル時代と違い、 現在は基本的に一日中パソコンに向き合う毎日。コミュニケーションは、メールより圧倒的にリアルな会話だったアパレル時代とは違い、現在のやり取りはチャットやメールが主だ。長年の店長経験から、相手と直接向き合うコミュニケーションには自信があったが、デジタル上でのそれは戸惑うことも多かった。
もちろん店長時代も、業務の中でPCを使うシーンはあったが、IT企業での使い方とは比べ物にならない。現在の会社に転職するまで、自分がデジタルに不慣れだと感じたことはなかったが、IT企業では完全に”デジタル音痴”の部類に入るのだと実感した。ITスキルの高い20代社員から、「こんなことも知らないのか」という目で見られる劣等感も初めて味わった。それでも持ち前の積極性と行動力で信頼を築き、1年経たないうちにすっかり環境に馴染んだ。
現在は、人事部のチームリーダーとして20人の部下を束ねている。全体として若い会社なだけあり、直属の上司である部長は、3歳年下の女性だ。前時代的な考えの人からは「年下から指示されるなんて」と言われることもあるが、異世界へ飛び込んだのだから、余計な見栄やプライドは捨てようと心に決めている。これまでの経験にとらわれず、知らないことは素直に聞き、相手の話に耳を傾ける。店長職で培った経験が生きる場面も多く、「毎日が楽しい」と前向きだ。年収は650万円から800万円へと上がり、休日もしっかり取れるようになったという。
「“この歳で未経験の仕事なんて大丈夫なのか”と周りからは心配されましたが、あの時、思い切って転職して良かった。前職の同年代の仲間も、僕の例を見て、異業種や異職種への転職を真剣に考えている人が何人かいます」
中途採用の“35歳限界説”はあくまでも“説”――年齢、業種や職種にとらわれず検討してみる時なのかもしれない。(松岡かすみ)
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