今回は久しぶりの引っ越しである。業者が来る当日、待ちかまえていると、まず女性が来て梱包をしてくれる。実に手早い。段ボールに詰めおえた頃に車が来て、男性が次の場所へ運んでくれて、私の指示に従って定位置に置き、女性が段ボールから出した品々を必要な場所に配置する。

 あっという間に引っ越しは完了し、ほとんど何もすることがない。

 私が子供の頃の引っ越しはたいへんだった。専門業者の数は少なく、遠い場所だと「チッキ」といって貨車を借り切る。梱包は自分でしなければならなかった。新聞紙などにていねいに包んでも、食器など割れ物は華奢なものほど割れてしまう。大切にしていたものほど割れやすく、再び自分たちで梱包を開ける時はドキドキした。

 その木箱を開ける時のギギッという釘をぬく音! あの侘びしさを想い出しつつ、手際のいい業者の働きぶりを見守った。

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

週刊朝日  2022年8月5日号

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