長い競馬の歴史ではさまざまな流行り廃りがあるが、最近はほとんど見られなくなったもののひとつに「冠名」がある。
冠名とは馬主が所有馬の名前に共通して入れる文言のこと。三冠馬シンボリルドルフを例にとると、「シンボリ」の部分がそれにあたる。かつては何十頭も個人で所有するオーナーや一口馬主のクラブなどがよく用いていたが、近年はそうした大馬主が減ってきたことや冠名を用いないクラブも増えてきたことが冠名の衰退につながっている。
だが昭和や平成から競馬を見てきたファンにとって冠名がなじみ深いのもまた事実。そこで今回は「メジロ」を冠名とする馬たちを振り返ってみようと思う。
メジロとは、日本屈指のオーナーブリーダーとして知られたメジロ牧場が用いていた冠名(オーナーの北野家やメジロ商事名義の所有馬も含む)。メジロの名を冠した活躍馬は数多く、人気ゲーム「ウマ娘」でも「メジロ家」として22年5月時点で6頭が登場し、最大勢力を築いている。
そんなメジロで最も有名かつ活躍したのはメジロマックイーンで異論はないだろう。1990年に菊花賞を制し、91年と92年には天皇賞(春)を連覇。93年の宝塚記念を含めてG1を4勝した名馬だ。
一方でメジロマックイーンは負けたレースも印象的なものが多い。91年の天皇賞(秋)では6馬身差をつけて1位入線するも、進路妨害でまさかの18着降着。同年の有馬記念では「なんとびっくり!」で知られる伏兵ダイユウサクの2着に敗れた。
そして3連覇がかかっていた93年の天皇賞(春)では前年の菊花賞馬ライスシャワーの2着。いずれのレースも負けたことでファンを驚かせたが、裏を返せばそれだけマックイーンが勝つと信じたファンが多かった証でもあるだろう。
余談だがマックイーンはメジロ牧場の生産馬ではない。母のメジロオーロラが預託されていた吉田堅牧場の生産馬として登録されていた。マックイーンの半兄で有馬記念を制したメジロデュレンも同様だ。