そのティム・ワイナーの名前を次に見るのは、1994年10月9日のことだった。日曜版のニューヨーク・タイムズの一面にデカデカと「CIAが50、60年代に自民党に数百万ドルの資金を提供」の大見出しがおどり、占領終了後のCIAの日本への政治工作がスッぱぬかれていた。それを書いたのがティムだった。
ティムはこの記事を、機密解除が一度は決定されたが、米国政府が、自民党との関係を考慮して解除を中止にした文書を入手して書いている。そのタイムズの記事を、日本で読んで、ああ、ジーンが言っていたことは本当だったんだなあ、と自分の留学時代の怠惰を呪ったものだった。ジーンはティムのことをこう評していた。
「CIAや国防総省、国務省の幹部だけでなく、現場に近い人間にソースを持ち、しかも、解禁される政府関係文書に丹念に目を通し、小さな端緒から大きな構造のニュースを組み立てる力のある記者」
今度の『米露諜報秘録』でも、国立公文書館等の機密解除文書による発見は素晴らしく、中でもアメリカが、ブッシュ父の時代には、「NATOは一インチたりとも東には広がらない」と約束していたにもかかわらず、クリントンの2期目から、東にNATOの同盟国を広げていくことが、そうした文書によってはっきりとわかるようになっている。
この本は、アメリカでは、先の大統領選挙の直前の2020年9月に出されている。しかし日本では今月に出されたこの本を読むと、なぜロシアがウクライナに侵攻したのかが、機密解除された公文書を使った叙述からよくわかるのだ。中でも戦慄するのは、冷戦期にソ連の「封じ込め政策」を考案したジョージ・ケナンが冷戦崩壊以降のNATOの東進について1997年2月に発した警告だろう。93歳になるケナンはこう書いていたのだ。
<NATOの拡大は、冷戦後の全期間でもっとも致命的なアメリカの政策の失敗だろう。こうした決断は、ロシアの世論の民族主義的、反西側的、軍国主義的傾向を煽り、ロシアの民主主義の発展に悪影響をおよぼし、東西関係に冷戦期の環境を復活させ、ロシアの外交政策をわれわれにとって決定的に好ましくない方向へ押しやることが予想される>