2点をリードした近鉄は、礒部の満塁本塁打などで6点を加え、なおも2死満塁で、中村紀洋がこの回2度目の打席に立ったが、青木勇人から死球を受けてしまう。

 中村は激高して青木に向かっていったが、なんと、その背後から一塁走者のローズが体当たりしてきた。不意をつかれた青木は、数メートルも吹き飛び、仰向けに倒れ込んだ。

 病院で検査を受けた結果、頸椎捻挫と後頭部打撲、右足関節捻挫で、痛みが引くまでに1週間を要すると診断された。

 退場処分を受けたローズは「日本の野球は、当てたら謝るのが礼儀。それがなかった」と説明したが、無防備の背後から襲いかかってケガを負わせるのは、どんな理由があっても、許されない行為だ。

 西武・小野賢二球団代表も「病院で診断書が出たら、暴力行為として刑事告訴する。帽子を取る、取らないは別として、第三者が入ってくる理由は何もない」と怒りをあらわにした。

 告訴には至らなかったものの、球団はローズに罰金30万円と厳重注意、パ・リーグは2試合出場停止のペナルティを科した。

 これまた自分が死球を受けたわけでもないのに、助っ人が暴力を振るう事件が起きたのが、84年の巨人vs大洋だ。

 1回、巨人は中畑清の2ランなどで3対0とリードし、無死一塁で、クロマティが平松政次から背中に死球を受けた。

 怒ったクロマティがマウンドに向かおうとすると、捕手・加藤俊夫が後ろから抱き止め、直後、両軍ナインのもみ合いとなった。

 そんな騒ぎの中で、「加藤は後ろからクロマティを襲うとは卑怯だ。スポーツマンじゃない」と激高したスミスが、加藤の右顎にパンチをお見舞いした。

 ところが、岡田功一塁塁審が「スミスが飛び出したのは見たが、殴ったのは知らない」と不問に付したことから、誰も退場にならず、哀れにも加藤は殴られ損となった。

 第三者同士だったにもかかわらず、“戦闘要員”vsファイターの“代理戦争”が繰り広げられたのが、88年9月9日の広島vs中日だ。

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