将棋の名人戦七番勝負で渡辺明名人が斎藤慎太郎八段を破り、3連覇を果たした。来期は、史上最年少名人を目指す藤井聡太五冠との対決になるかもしれない。AERA2022年6月13日号の記事を紹介する。
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渡辺明名人(38)に斎藤慎太郎八段(29)が挑戦する名人戦七番勝負が5月29日に閉幕した。結果は渡辺の4勝1敗。盤石の防衛劇だった。
「藤井以外には負けない男」
タイトル戦における渡辺の現在の立ち位置を簡単に言えば、そうなる。昨年度、藤井聡太(19)に圧倒された。しかしタイトル戦では依然として、藤井以外の年下の相手に一度も敗退したことがない。
「渡辺名人」という響きは、将棋ファンの間ではなじみ深いものになった。しかしそれは、つい最近のことだ。
■AIを取り入れて復活
初代永世竜王など、大棋士・渡辺の華麗な実績を挙げていけばキリがない。しかし意外なことに、名人位にはずっと縁がなかった。名人挑戦者を争うA級順位戦では、何度も挑戦権を逃し続ける。やがて渡辺より年下の佐藤天彦(現九段、34)が、渡辺に先んじて名人となった。
渡辺に転機が訪れたのは2017年度。渡辺は生涯初の年度負け越しを喫し、長くとどまったA級の地位からも陥落する。
「客観的に見て、私が名人戦に出ることはもうないでしょう」
当時の専門誌には、弱音とも取れる発言が残されている。
盤上でも盤外でも、将棋指しは逆境に陥ったときに、その真価が問われる。渡辺は自己を見つめ直し、コンピューター将棋(AI)での研究を積極的に取り入れるなど、フォーム改造を試みた。その甲斐もあって見事に復活。B級1組、A級で21連勝してついに名人戦の舞台に立つや、年下の豊島将之(現九段、32)から名人位を奪取。昨年、今年は斎藤の挑戦を退け、30代半ばで3連覇を達成した。
将棋界においては、名人の称号は別格の重みがある。江戸時代から昭和のはじめに至るまで、名人は終身制でわずか13人しか生まれなかった。現代の実力制名人戦が始まって以後、名人位5期を得た棋士には「永世名人」の資格が与えられるようになった。しかしそれも木村義雄十四世名人(故人)から羽生善治現九段(十九世名人資格保持者、51)まで、わずか6人しかいない。