
普段なら食材は東京・西ケ原の自宅そばにある霜降銀座商店街で買うのだが、ステーキ肉は、
「西武池袋本店の『柿安』に行き、脂身の少ない和牛を買っていました」
他に得意なのは、料理本『ニューヨーク・タイムズ・クックブック』を見ながら作るビーフストロガノフやエビのリゾットなど。サラダのドレッシングも自分で作っていたという。
「よく糖尿病にならないなあと感心するくらい、酒も甘い物も大好き。夏になると必ず作る絶品スイーツがありました」
アメリカンチェリーの種を取り出し細かく刻み、バニラアイスと合わせる。それに、スプーンにブランデーを垂らし、火をつけてアルコールを飛ばしてかけて食べたという。
キーンさんは1922年6月18日、アメリカ・ニューヨーク市生まれ。18歳のときに読んだ『源氏物語』(アーサー・ウェイリー訳)に感動し、日本文化に興味を持った。
前述のように日本とアメリカで半年ずつ過ごす生活を続けながら、日本の文化を英語で発信し、文化勲章も受章した。
自宅で読書をする時は、
「集中しだすと、ソファに右足を投げ出す癖がありました。それともうひとつ、右手の人さし指を口に添えたり噛み始めたりしたら、集中しているしるしです」

一方で、食事後に皿を洗いながら口笛を吹いたり、大好きなオペラを聴きながら踊りだすといった一面も。決して堅物の学究肌ではなかった。
商店街に買い物に行く際には、赤・オレンジ・紫・黄色の横じまの入った買い物バッグを持参し、店主店員と語らった。

「『鶏肉の万富』さんでは、買い物に行くたびに女将さんと話をしていました。『文藝春秋』のグラビアに、女将さんと談笑する写真が大きく掲載されたこともあります」
「鶏肉の万富」の若女将は、こう語る。
「世界的な学者なのに、偉ぶったところは全然なくって。母と仲がよく、しょっちゅう一緒に写真を撮っていました。割と無口な方ですが、しゃべることはとてもユーモアに富んでいました。歯が丈夫なのでどんどん料理をして食べると言って、モモ肉、ムネ肉どちらも買ってくださいました。焼き鳥やチキン焼売(シューマイ)もお好きでしたね」